Rubinstein先生のミクロ本が面白い!

夏休みに松島先生に「Rubinstein先生のミクロ本はとてもユニークで目から鱗が落ちまくります」と「Modles in Microeconomic Theory」を紹介してもらいました。思わず「先生でも中級レベルのミクロ本で目から鱗が落ちまくることがあるんですか!?」と聞き返してしまいました。





実際に読んでみると想像以上でした。「そういう構成もありなのか!そういう例もありなのか!」と何回も思いました。この記事では(中級レベルのミクロを前提として)8章、9章、10章の内容を簡単に紹介してみます。

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10章は標準的な「交換経済」の説明です。面白いのはいきなり「交換経済」のモデルに入るのではなく、8章で「ジャングル」のモデル、9章で「マーケット」のモデルを紹介しているところです(「ジャングル」と「マーケット」のモデルは土台は同じです)。「(純粋)交換経済」だけを紹介するのではなく、他のモデルも合わせて紹介するのは視野がすごく広がる構成だと思いました。

さっそく内容を紹介してみます。

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まず、8章と9章に共通する「社会」の定義です。

定義8.1
「社会」とは\lt N,H,(\succeq_i)\gt のことである。Nは個人の集合。Hは家の集合。\succeq_ii\in NさんのH上のstrict preference relation。ただし|N|=|H| \lt \infty(個人の数も家の数も同じでかつ有限)。


ここで考えているのは、家がどう配分されるかという問題です(土地の方がイメージしやすいかもしれないですが分割できない財ならなんでも良いです)。ただしそれぞれの家は異なっており、各個人は家の集合上に厳密な選好を持っています。また、各個人にとって家は1つで十分であり、加えて家がないよりも家があることを望んでいます。

次にこの社会における「配分」を定義します。

定義8.2
社会 \lt N,H,(\succeq_i)\gt における「割り当て」とは、NからHへの写像のことである。全単射である「割り当て」を「配分」と呼ぶ。


1さん、2さん、3さんがいて、家がA,B,C3つである社会においては例えば「1さんは家A2さんは家B3さんは家C」のように1人につき1つの家を割り当てるものが配分です。

次にこれを土台にして、「ジャングル」と「マーケット」の定義を見てみます。ここでするのはジャングルという概念一般、マーケットという概念一般についての定義ではなく、あくまでいま定義した「社会」を土台とした上での「ジャングル」と「マーケット」の定義です。

ジャングルとは社会に「力関係\rhd」を付け加えてもの、マーケットとは社会に「初期配分e」を付け加えたものです。

定義8.3
「ジャングル」とは\lt N,H,(\succeq_i),\rhd \gtのことであり、社会と力関係\rhdからなる。力関係\rhdN上の二項関係で完備性, 推移性, antisymmetricityを満たす。

 

定義9.1
「マーケット」とは\lt N,H,(\succeq_i),e \gtのことであり、社会と初期配分eからなる。

 

ジャングルのモデルはRubinstein先生の論文が元になっているので、そのモチベーションを示すためにPiccione and Rubinstein(2007)から引用しておきます。

Throughout the history of mankind, it has been quite common that economic agents, individually or collectively, use power to seize control of assets held by others. The exercise of power is pervasive in every society and takes several forms」

つまり、「所有権」という概念があってそれが法律的にもしっかりと守られているという交換経済のモデルが想定する世界観とは反対に、力によって誰がどの財を使用するかが決まる経済を描くのが「ジャングル」のモデルです。

マーケットの定式化において、初期配分がセットされているのはいいとして、ジャングルの方でセットされている\rhdは何でしょうか?これはN上のbinary relationなので、例えば(1,2)\in \rhdとなっていますが(このことを1 \rhd 2と表す)、その場合は「1さんは2さんよりも力が強い(1さんは2さんが利用している家を奪い取ることができる)」と解釈されます。

なお、推移性とantisymmetricityがあることで、1\rhd 2 \land 
2\rhd 3 \land 3\rhd 1 のようになることはありません。3つの条件が課されてはいますが、要するに、各個人を上から下に力が強い順に同着なく並べられるということです。

イメージとしては、「交換経済」と対照的モデルとして「ジャングル」があり(実際に「ルービンシュタイン ゲーム理論の力」では、「ジャングル」と「交換経済」の2つが比較されています)、「ジャングル」と財がdivisibleかなどについて同じセットアップに「交換経済」的な要素を入れたのが「マーケット」のモデルです。つまり、財がdivisibleかなどについては「ジャングル」と「マーケット」のモデルで同じ、所有権がありそれが機能しているという点で「マーケット」と「交換経済」で同じです。

定義10.1
交換経済とは\lt N,(\succeq_i),e \gtのことであり、Nは個人の集合、\succeq_iR_{+}^2上の選好、eは初期配分である。

 
財の種類は2種類(1財と2財)で単純化されています。なお、初期保有は関数NからR_{++}^2への関数です。また、\succeq_iに単調性と連続性を課すなどもう少し細かい条件が実際には課されています。

交換経済のモデルにおいて先ほどと同じように「(交換経済の基盤となる)社会」を最初に定義しないのは少し気になりますが、個人的には「ジャングル」と「マーケット」については共通の基盤の上に成り立っていること(財についての想定は同じこと)を明示したかったからあえて「社会」という概念を持ち出したのかなと思っています。「社会」の定義から入らずにいきなり「ジャングル」と「マーケット」の定義をそれぞれにしていても問題はないように思います。

先ほどと同じように「配分」について定義します。

定義10.3
交換経済\lt N,(\succeq_i),e \gtにおける「割り当て」とはNからR_{+}^2上の関数である。割り当てa\Sigma_i a(i)=\Sigma_i e(i)を満たすときaを配分と呼ぶ。


ここまでで3つのモデルとそれぞれにおける「配分」についての定式化ができました。ここから均衡の定式化をそれぞれのモデルについて行います。

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定義8.4
ジャングル\lt N,H,(\succeq_i),\rhd \gtにおける均衡とは、次の条件を満たす配分a^*のことである。For no individuals i,j\in N   i\rhd j \land a^*(j)\succ_i a^*(i)


\lnot There exists i,j\in N (i\ne j) s.t. i\rhd j \land a^*(j)\succ_i a^*(i)」と書いた方が分かりやすいかもしれないです。

意味としては、「自分より力が弱いのに自分がより望む家を持っている人がいる」という状態が誰についても成り立っていないということです。その意味を際立たせるのであれば、

「For all i\in N \ \lnot  there exists  j\ne i  s.t.  i\rhd j \land a^*(j)\succ_i a^*(i)」とした方が分かりやすいかもしれないです。ストレートに「どの個人iについてもその配分から逸脱するインセンティブがない」という表現になっています。

続いてマーケットにおける均衡と交換経済における均衡を定義します。

定義9.2
マーケット\lt N,H,(\succeq_i),e \gtにおける均衡とは、次の条件を満たすPrice Systemと割り当ての組\lt p,a\gtのことである。なお、Price system pHからRへの関数である(R_{+}への関数とした方がイメージはつきやすいかもしれない)。

1:全ての個人iについて、a(i)pのもとでのiさんのbudget set \{h\in H \ | \ p(h)≤p(e(i))\}の中で\succeq_iについて最大化している。

2:割り当てaは配分である。

 

定義10.4
交換経済\lt N,(\succeq_i),e \gtにおける均衡とは、次の条件を満たすPrice Systemと割り当ての組\lt p,a\gtのことである。なおプライスシステムp(p1,p2)と表される非負のベクトルである(ただし(0,0)ではない)。

1:全ての個人iについて、a(i)pのもとでのiさんのbudget set \{x\in R_{++}^2 \ |\ px≤pe(i)\} の中で\succeq_iについて最大化している。

2:割り当てaは配分である。


定義9.2と定義10.4の定義について例えば10.4を以下のようにすると、ジャングルにおける均衡と形式は似てくる。

定義10.4(形式を少し変更)
交換経済\lt N,(\succeq_i),e \gtにおける均衡とは、次の条件を満たすPrice Systemと配分の組\lt p,a\gtのことである。

1:全ての個人iについて、a(i)pのもとでのiさんのbudget set\{x\in R_{++}^2 \ |\ px≤pe(i)\} の中で\succeq_iについて最大化している。


定義を見れば混乱はしないと思いますが、この記事全体を通して「配分」という言葉に「feasible」という意味が含まれる定式化になっています(他の教科書において「feasible allocation」として定式化される概念が今回は「allocation(配分)」と呼ばれています)。

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以上で3つのモデルにおける均衡が定義されました。このあとにも均衡の存在証明や一意性に関する議論がそれぞれのモデルについてできますが、ここでは深くは立ち入らずに「ジャングル」についてだけ少しその後の議論も紹介します。

均衡の存在については、以下のステップで配分を決めれば均衡になることが分かります:まず、一番強い人にHの中から一番良いものを選んでもらう。次に、2番目に強い人に前のステップで選ばれなかったものから一番良いものを選んでもらう。これを最後の人まで繰り返す。

このようにすれば「配分」を1つ指定することになりますし、自分より弱い人に割り当てられた家がより望ましいことはどの個人についても起きません。このプロセスに従えば均衡を1つは見つけることができるので、どのようなジャングルにおいても均衡は少なくとも1つ存在することが分かります(ただし一意性の証明にはなっていません)。

少し頑張ると一意性の証明もできます。

また、Pareto 効率性については交換経済で一般的に定義されるのと同じように定義することができます。すると、ジャングルにおける均衡が交換経済における均衡と同じようにパレート効率的であることを証明できます。

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このようにして、交換経済と同じような議論がジャングルとマーケットについても展開されていきます。交換経済だけを見るのでは得られなかった、方法論に対する理解も得られる気がしてすごく勉強になりました(3つのモデルに共通している部分が見えやすいので)。加えて、「ミクロ経済学って、自分の考えたいことに応じて自由にモデルを立てて考えていいんだな!」ということをまざまざと教えてくれる内容にもなっているように思います。

Rubinstein先生の本は無料でPDFが公開されているので、ぜひ見てみてください。目から鱗が落ちまくること間違いなしです!

Fin.

参考文献

・「Models in Microeconomic Theory」OpenBook Publishers
・Piccione, M., & Rubinstein, A. (2007). Equilibrium in the Jungle. The Economic Journal, 117(522), 883-896.
・「ルービンシュタイン ゲーム理論の力」東洋新聞新報社