選択肢の集合上のOrderingを、人々の幸福の情報を主に用いて作る(1)

 

このシリーズでは、

「社会が取りうる選択肢の集合(or あり得る社会状態の集合)Xが与えられたときに、『人々の幸福の情報』を主に用いながら、(社会にとっての望ましさと解釈される)X上のorderingを定める問題」

について扱っていきます。

要は「社会にとってどの選択肢が望ましいかを人々の各選択肢における幸福の度合いの情報を主に使いながら考えよう」ということです。

この記事ではこの領域における4つの大きな枠組みを紹介します。次の記事ではそれらの枠組みをより扱いやすい枠組みにどうやって落とすかについて紹介します。そしてその後の記事ではそれらの枠組みの中でどういうことを考えるかについて(具体的な評価関数の公理を用いたデザインについて)紹介します。

規範的な領域の前提知識はあまり必要としませんが(ただしアローの不可能性定理を数学的にどう記述するかくらいの知識は前提にします)、分野の概要紹介というよりはちゃんとした内容を扱えたらと思っています。この領域の教科書を読むことがあるけど枠組み間の整理があまりできていないみたいな方(つまり1年前の自分)や、ミクロ経済学の他分野を専攻しているがこの領域について丁寧な理解をしたい方にFitする内容だと思います。

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このシリーズにおける世界観

抽象的なことを扱うのでどういう世界観で今回の理論を捉えるかにはいくつかの候補があると思います。どの世界観で捉えてもいいと思うのですが、個人的には次のような世界観が分かりやすいと思っています(今回に限ってはこの世界観が分かりやすそうってだけです)。

自分はある社会を外から(上から)見ている存在で、その社会の人々の幸福の度合いなどの情報を見ながらシステマティックに各選択肢について社会的評価をくだすことが求められている。

人々の集合について、あたかも「社会さん」という人格があるかのように想定して、その人格の選好をどう作るか考えるみたいな世界観よりも、上から社会を見ている自分が「この場合は各選択肢はこんな順序で社会的に望ましそうだよね」と判断をするみたいなかんじです。

4つの大きな枠組み

大きな枠組みを4つ紹介します。このシリーズの後ろの記事はどれもこれらの枠組みを舞台に展開されることになります。

 

枠組みは、社会を構成する個人の集合が固定(Fix)されているか/可変(variable)であるかという観点と、non-welfare information(人々の幸福以外の情報)を明示的に入れるか/入れないかという観点で4つに分かれます。

一番単純なのは、社会を構成する個人の集合が固定されており、人々の幸福の情報だけを用いる枠組みです。

枠組み1:個人の集合固定・non-welfare informationなし。

社会を構成する個人の集合をN=\{1,2,...,n\}とする(2≤n\lt \infty)。社会が取りうる選択肢の集合をXとする(3≤|X|)。

U_i:X\rightarrow \mathbb{R}i\in Nさんの各選択肢における幸福の度合いを表す関数とする(効用関数と呼ぶことが多いが、「選好」以上の情報を持っていると考えることが多く標準的なミクロ経済学における「効用関数」との区別を明確にするために幸福関数と呼んでおく)。U=(U_1,...,U_n)を幸福関数プロファイルと呼ぶ。幸福関数プロファイル全体からなる集合を\mathcal{U}とする。

また、X上のOrdering(完備性と推移性を満たす二項関係)全体からなる集合を\mathcal{O}とする。

ここまでの準備の上で、

社会的評価関数は、関数F:\ \mathcal{U}\ \rightarrow\ \mathcal{O}と定義される。

Fは各幸福関数プロファイルU\in \mathcal{U}に対して、X上のOrderingF(U)\in \mathcal{O}を割り当てる関数です。

イメージとしては下図のようになります(なお、図において2つのプロファイルしか載せていませんが、実際にはあり得る全てのプロファイルについてFX上のOrderingを1つ割り当てます)。

 

枠組み1において見ましたが、各選択肢についての情報は人々の幸福度合いの情報だけで、各選択肢における表現の自由の度合いや自然環境の状態などを明示的に社会評価の決定において用いることができませんでした。

表現の自由や自然環境が重要なのは人々の幸福に貢献する限りにおいてであるという立場ならば枠組み1で良いのですが、表現の自由や自然環境など人々の幸福以外の情報(non-welfare information)がそれ自体で社会評価の決定において意味を持つとするならば次のような枠組みを考える必要が出てきます。


枠組み2:個人の集合固定・non-welfare informationあり。

社会を構成する個人の集合をN=\{1,2,...,n\}とする(2≤n\lt \infty)。社会が取りうる選択肢の集合をXとする(3≤|X|)。

(まずは枠組み1と同じように幸福の情報:welfare infromationについて扱えるようにしておく)

U_i:X\rightarrow\ \mathbb{R}i\in Nさんの各選択肢における幸福の度合いを表す関数とする。U=(U_1,...,U_n)を幸福関数プロファイルと呼ぶ。幸福関数プロファイル全体からなる集合を\mathcal{U}とする。

(non-welfare informationも扱えるようにする)

K_i:X\rightarrow\ S_iは各選択肢についてその選択肢におけるiさんについてのnon-welfare informationを割り当てる関数である(iiさんのnon-welfare information functionと呼ぶことにする)。ここでS_i\ \neq \emptysetiさんのあり得るnon-welfare informationの状態全体からなる集合。例えば健康状態を扱うのであればS_i=\{g,b\}としてgは良い健康状態をbは悪い健康状態を表すなどである。

K_0:X\rightarrow\ S_0は各選択肢について社会に関するnon-welfare informationを割り当てる関数である。S_0\neq \emptysetは社会のあり得るnon-welfare informationの状態全体からなる集合である。例えばその社会における自然環境の状態を扱うのであれば(-\infty,\infty)として値が大きいほど自然環境が良いとするなど。

K=(K_0,k_1,...,K_n)をnon-welfare informationプロファイルと呼び、それ全体からなる集合を\mathcal{K}で表す。

また、X上のOrdering全体からなる集合を\mathcal{O}とする。

ここまでの準備の上で、

社会的評価関数は、関数F:\ \mathcal{U}\ \times\  \mathcal{K}\ \rightarrow\ \mathcal{O}と定義される。

この枠組みにおいてはこのように定義されたFについて考えていくことになります(今後の手順としてはこのFに持っていて欲しい性質を公理として定式化した上で、不可能性定理を示したりcharacterizationを行います。いまは枠組みの紹介のみですが今度の記事でこのようにして用意した舞台=枠組みの中でどういうことを考えていくかを紹介します)。

Fのイメージとしては下図のようになります。

(なお図においては、S_0=S_1=\ \cdots\ =S_n=\{g,b\}イメージしてみましたが、例えばS_1S_2が異なる集合であっても大丈夫です。

また、プロファイルが先ほどの図では2つだったのにこの図では1つになっているのは単にスペースの問題です)。

 



 


枠組み2は枠組み1をnon-welfare informationを明示的に扱えるようにするという観点から拡張しましたが、いまから紹介する枠組み3では枠組み1の個人の集合が固定されている点を拡張します。

この拡張は未来に関する社会問題を扱うときなどに重要になってきます。というのも例えば子育て支援政策についてxyという選択肢があったとして、xを取った場合(これを例えば子育て支援拡充政策とする)と、yを取った場合(これを例えば子育て支援をあまりしない政策とする)を比べると、xを取った場合の方が将来生まれてくる子どもの数は多くなると予想されるみたいなことがあるからです。現在何を選択するかによって社会を構成する個人の集合が変化するわけです。

枠組み1や枠組み2では社会を構成する個人の集合は固定されていたため、このような状況の分析をすることはできません。そこで次のような枠組みを考えることになります。

 


枠組み3:個人の集合可変・non-welfare informationなし。

社会が取りうる選択肢の集合をXとする。

潜在的な個人全体からなる集合を\mathbb{Z}_{++}とする(自然数全体からなる集合なので\mathbb{N}の方が表記としては普通かもしれないが他にもNとかそれに近い表記をよく用いることになるため見やすさ的にもこちらを採用しておく)。

(「潜在的な個人の集合」というアイディアを用いることで社会を構成する個人の集合を可変にする定式化をしている。各選択肢について、潜在的な個人の集合から有限の個人が選ばれてその選択肢において社会を構成する個人の集合が決まる。)

\mathbb{Z}_{++}の有限部分集合(ただし空ではない)全体からなる集合を\mathcal{N}で表す(つまり、\{1,2,5\}\in \mathcal{N}\{5,10\}\in \mathcal{N}などが成り立つ)。ありうる「(実際に)社会を構成する個人の集合」全体からなる集合が\mathcal{N}である。

(これで個人の集合を可変にする定式化が上手くできた。次に枠組み1や2において3≤|X|)と仮定したことに対応する仮定をおく)

N(x)\subset\ \mathbb{Z}_{++}で選択肢x\in Xにおいて社会を構成する個人の集合を表す。その上で、任意のN\in \mathcal{N}について、3\ ≤\ |\{x\in\ X\ |\ N(x)=N\}|を仮定する。

つまり、どの個人の集合Nに注目しても枠組み1や2と同じように3つ以上の選択肢が存在するということです(枠組み1が「枠組み3においてNを1つ固定した時」になっているイメージ)。

(幸福関数の定義。ただしiさんが生きていない選択肢においてiさんの幸福度を考えるのは変なのでそこには注意)

i\in \mathbb{Z}_{++}について、X_iをその選択肢のもとでiさんが生きる選択肢の集合とした上で(つまり、X_i = \{x\in\ X\ | i\in N(x)\})、iさんの幸福関数をU_i:X_i\ \rightarrow\ \mathbb{R}と定義する。

全ての潜在的な個人についての幸福関数を組にした、U=(U_1,U_2,...)を幸福関数プロファイルと呼び、それ全体からなる集合を\mathcal{U}で表す。

また、X上のOrdering全体からなる集合を\mathcal{O}とする。

ここまでの準備の上で、

社会的評価関数は、関数F:\ \mathcal{U}\ \times\  \mathcal{K}\ \rightarrow\ \mathcal{O}と定義される。

Fのイメージとしては下図のようになります(選択肢の数は本来はもっと多くなくてはいけませんがあくまでイメージはこんなかんじです。また、各個人について全ての選択肢について幸福度合いの値が決まっているわけではないことに注意してください)。



ここまでで、枠組み1をnon-welfare informatioの観点から拡張して枠組み2を考えて、社会を構成する個人の集合の観点から拡張して枠組み3を考えましたが、その両方の拡張を行なったのが次の枠組みです。目新しいことはなく単純に枠組み2と枠組み3を組み合わせたかんじです。


枠組み4:個人の集合可変・non-welfare informationあり。

社会が取りうる選択肢の集合をXとする。

潜在的な個人全体からなる集合を\mathbb{Z}_{++}とする。\mathbb{Z}_{++}の有限部分集合(ただし空ではない)全体からなる集合を\mathcal{N}で表す。

N(x)\subset\ \mathbb{Z}_{++}で選択肢x\in Xにおいて社会を構成する個人の集合を表す。その上で、任意のN\in \mathcal{N}について、3\ ≤\ |\{x\in\ X\ |\ N(x)=N\}|を仮定する。

i\in \mathbb{Z}_{++}について、X_iをその選択肢のもとでiさんが生きる選択肢の集合とした上で、iさんの幸福関数をU_i:X_i\ \rightarrow\ \mathbb{R}と定義する。

全ての潜在的な個人についての幸福関数を組にした、U=(U_1,U_2,...)を幸福関数プロファイルと呼び、それ全体からなる集合を\mathcal{U}で表す。

i\in \mathbb{Z}_{++}について、iさんのnon-welfare information関数をK_i:X_i\ \rightarrow\ S_iとする。ここでS_i\ \neq \emptysetiさんのあり得るnon-welfare informationの状態全体からなる集合。

K_0:X\rightarrow\ S_0を各選択肢について社会に関するnon-welfare informationを割り当てる関数とする。S_0\neq \emptysetは社会のあり得るnon-welfare informationの状態全体からなる集合である。

K=(K_0,k_1,K_2,...)をnon-welfare informationプロファイルと呼び、それ全体からなる集合を\mathcal{K}で表す。

また、X上のOrdering全体からなる集合を\mathcal{O}とする。

ここまでの準備の上で、

社会的評価関数は、関数F:\ \mathcal{U}\ \times\  \mathcal{K}\ \rightarrow\ \mathcal{O}と定義される。

Fのイメージとしては下図のようになります。



以上で4つの大きな枠組みについて見てきました。

あくまでこれらは枠組みで、実際の研究ではそれぞれのFについてその性質を考えていくことになります(もちろん枠組みについての研究もあるだろうしその発明が重要だったりはするけど、枠組みだけではどういう社会評価をすればいいかについては何も教えてくれません)。


最後に3つの重要な点を補足しておきます。


Informational basisについて

まず、「幸福の値は個人間比較可能なのか?また基数的な意味を持っているのか?」など幸福関数の解釈についてです。

標準的なミクロ経済学における効用関数(つまり選好の効用表現)であれば、その値を個人間比較することに意味はないし序数的な意味しか持っていないことが明確ですが、幸福関数については定義の時点ではあえてこの辺は曖昧にしています。

「じゃあ、個人間比較できるかどうか基数的な意味を持っているかについては分からないままなってこと?」となってしまいますが、これについては、社会的評価関数Fについて条件を課す(restrictionを設ける)ことで、その意味をはっきりさせます。

例えば枠組み1において「幸福関数は個人間比較不可能で序数的な意味しか持たない」という立場を取りたければ、枠組み1のFについて

任意の幸福関数プロファイルU,V\in \mathcal{U}について、「n個の単調増加関数\varphi_1: \mathbb{R}\rightarrow \mathbb{R} ,..., \varphi_n: \mathbb{R}\rightarrow \mathbb{R} が存在して、任意のiと任意のxについてU_i(x)=\varphi_i(V_i(x))ならば、F(U)=F(V)」が成り立つ。

という条件を課します。これはつまり「幸福関数が個人間比較不可能で序数的であるとしたら同じ意味として扱うべきUVについてはFは同じOrderingを割り当てるべき」という条件です。ちなみにこの条件をFに課すと枠組み1は実質的にアローの不可能性定理の枠組みと同じになります。*1

幸福関数について「個人間比較は完全にできるが序数的な意味しか持っていない」という立場を取りたい場合にはそれに応じた条件を課すことになります。

幸福関数に関する色々な立場を統一的に扱うために、定義の時点では幸福関数の意味は曖昧にしているわけです。


「明示的には」扱えない

枠組み1と枠組み3については、non-welfare informationは枠組み2と枠組み4のようには入っていませんが、例えば選択肢xを選択肢yを優遇するようなFを考えることもでき(例えば全員にとってx,yが同じ幸福度合いになっている場合にもx\succ yとするなど)、この場合は「選択肢の名前」というwelfare(well-being)には関係ない情報が利用されていることになります。

 

したがって、枠組み1や枠組み3においても枠組み2と枠組み4のように利用することはできませんがnon-welfare informationをまったく使えないと言っていいかは微妙であり、「社会的評価において、non-welfare informationを明示的には扱うことができない枠組み」と言うのが良いかもしれません。


上記の枠組みは多くに対処できるが、決して網羅的ではない

このシリーズにおけるこの後の記事では、この4つの枠組みをどうやってより簡単な枠組みに落とすかの話をしたり、4つの枠組み(やそれを簡単にした枠組み)において何が言えるかについて紹介していきます。そしてそれは広い適応範囲を持っているようにも見えますが、規範的な領域における枠組みを網羅しているわけではありません(というか全然カバーできていません)。

そもそも「未来について考えるなら、現在から未来に渡る社会を構成する個人の集合は無限になることを想定したくもなるわけであり(そうしないと人類はどこかで滅亡するケースしか扱えない)、今回の4つの枠組みでは有限にしかできていないがそれは問題があるのではないか」みたいなツッコミはあるでしょうし、

もう少し大きな話でいえば、例えば選択肢の集合であるXは抽象的に扱っているだけで、「公平性」などについてはあまり考えることはできません(有名なNo-Envyなどの公平性を定式化するにはXについて構造を入れてあげなくてはいけません)。

ただし今回くらいの整理をすることで社会的選択理論における規範的な領域の見晴らしはそれなりによくなるかなとは思います。


次回も「社会的評価の仕組み」の具体的な内容ではなくその枠組み(舞台づくり)の話が続きます。*2

 

 

 

 

 

 

*1:正確にいうと、効用関数による表現を持たない選好もあるのでXが有限か加算無限の時には同じになるというかんじに考えておくといいかなと思います。

*2:今回参考にしたのは、Blackorby、Bossert、Donaldson(通称BBD)の本である「Population Issues in Social Choice Theory, Welfare Economics, and Ethics」のChapter2,3、Multi-profile welfarism:A generalization(SCW,2005)、Handbook of Social Choice and WelfareのChpter10「Social welfare functionals and interpersonal comparability」です。