自分が専門にしているSocial Choice Theoryの論文を読むスピードが半年前比で2倍〜3倍になってきて、生産性がすごく上がりました。慣れもあると思うのですが論文の読み方を根本から変えたことが大きいと思っています。
学部生の時から、僕は論文を1文ずつ前から丁寧に読むタイプで時間がかかって仕方なかったです。しかしだからといって飛ばし飛ばしで読んだら何も理解できない気がしていたので困っていました。ところが、先生からのアドバイスなどを参考に思い切って読み方を変えてみたら大きな効果があったので、最近のやり方をシェアしてみようと思います。
・ある程度慣れている分野(大学院の授業を受けた上で数本論文を精読していて基本的なフレームワークを理解できている分野)の理論系の論文を2時間以上かけて読む時に役立つ方法だと思います。
・精読が苦手な人よりもなんでもかんでも精読する傾向にある人(つまり僕みたいな人)のヒントになり得ると思います。
・半年前の自分に伝えるつもりで書くので断定的な部分もあると思いますが、当たり前ですが理論経済学という括りが同じでも分野によってはこの読み方は合わないと思いますし、人や状況によって最適な読み方は変わると思うので(例えば論文を精読したことがほぼない学部生の自分にこのやり方は合わないと思います)ご注意ください。
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手順1:論文を読むときには必ずOverleafを開く。
Overleafでなくてもいいのですが、数式を含んだ文章をかける何かしらのサービスを用いて論文のまとめを作りながら読みます。論文の内容を前からまとめていくわけではないので紙とペンでは上手くいかないです。本筋ではないですが単純に読むだけと比べてこうしておくと読み終わったあとに自分なりのまとめが残る点も魅力的です。
「必ずOverleafを開く」と書きましたが、もちろん寝る前に印刷した論文を読んで気になっていた点を確認するみたいなこともあります。ポイントは、「論文を読み終えた=まとめ資料が完成した」に認識を変えておくことです。
手順2:アブストとイントロは読まずにいきなりnotationに目を通す。
アブストは読まないことが多くなりました。短い文とはいえそれなりに読むの大変ですし、アブスト読んだところであんまり上手く理解できないことが多かったからです。そもそも例えば先生から「ーーーーについて扱った論文だよ」と紹介された背景があったりするなど、なんとなくの内容は把握していることが多いので、アブスト読まなくても必要なことはそれなりに把握できている気もします。ただこれは僕が短い文章でも割と集中して読みがちなことも大きいかと思います(僕の場合アブストを読むコストが無視できないってだけでそうじゃない人は普通に読めばいい気もします)。
イントロも基本的には読まずに、いきなりその論文の表記の部分から読んでいきます。notationとかsettingとかpreliminariesとかそういうところです。慣れている分野であること+あとから戻ってくる前提なので、「あーはいはい、なるほどね」みたいなかんじで軽く目を通す程度にしておきます(軽く目を通すだけではまるで理解できない場合にはその論文は今回の手順で読むのに合っていない可能性があるので注意が必要です)。
手順3:Main Resultを探してOverleafに打つ。
これをいきなりやるのが肝だと思います(今までのやり方と一番変わった点です)。ここではそれなりに頭を使います。
いきなりMain Resultを探すようになってから、1年ほど前から指導教員に、「どのResultも同様に大事なわけではなくて論文にはMain Resultがあるからそれが何かを見極めるのが大事。そしてこれには一定の技術が求められる」と言われた意味がようやく分かってきました。PropositionとTheoremだったら一般的にTheoremの方が重要であるというのは知っていましたが、Theorem同士でも重要さが全然違ったりするんですね。
論文の残りのパートをざっと見て(TheoremとかPropositionとかLemmaを一通り眺めて)、論文の構成を一通り確認しつつ、どの結果がMain Result(複数あることもある)かを見極めます。これは慣れていない分野だと難しいと思いますが、「これがMain Resultだよ」と書いていてくれている論文もあります(とはいえそれ以外にもMain Resultがあるかもしれないのでやはり慣れていることは必須かもしれません)。必要になったら後からMain Resultに追加すればいいので、この時点では絞る方向で考えます。またこの時点でConclusionのパートを見ると参考になることも割とあります。
ここではMain Resultの意味を、「自分が今回のまとめ作りで理解したいと思っている主張(今回のまとめ作りで外せないと思われる主張)」と考えておくと分かりやすいと思います。いわゆるMain Resultではなくても外せない内容だなと思ったらいれてしまっていいと思います。
Main Resultを見極めたら、まだ何も書いていない(or タイトルとかだけ書いてある状態のTexファイル)にMain Resultのsectionを作って(Main Resultが3つ以上ある場合にはsectionを2つ作ることが多いです)、そこにMain Resultを打ち込んでしまいます。この時点でのtexファイルは、論文のタイトル+Main resultのstatementが載っているだけというかんじです。
手順4:Main Resultを理解するために必要なnotationと定義をまとめる。
上で打ち込んだMain Resultを理解するのに必要なnotationや定義を確認していきます。いきなり全てのnotationや定義を前から読む場合と比べてこちらのほうが全然楽です。書く内容は最低限に絞って、自分がその資料だけを見たときにmain resltの内容を理解できるための内容を資料に打ち込んでいきます。
必要なnotationが少ない場合には各main resultの下などに箇条書きで書いてしまえばいいですが、ある程度の分量ある場合にはnotationのsectionを作ったりします。
この時点での標準的なファイル構成はこんなかんじです(ただし、Social Choiceにおけるcharacterizationの論文の場合)。
資料のタイトル(=論文のタイトル)
1:最低限のsetting
・Definition 1. A Social Welfare Ordering is ーーー if ーーー。
・
・Social Welfare Ordering on2:Main Result(2つ)
・Theorem1:A SWO satisfies Continuity, Strong Pareto, and Anonymity if and only if ----。
・Continuity:ーーーー
・Strong Pareto:ーーー
・Anonymity:ーーーー
・Theorem 4:A SWO satisfies Continuity, Strong Pareto, Anonymity, and Separability if and only if ----。
・Separability:ーーーー
・Separabilityに関して論文に書いてあった注意点。
Section1で最重要の定義と最低限のnotationだけを書いておいて、section2の最初でいきなりmain resultの1つ目の主張を書いた上で、それを理解するのに必要なnotationや定義(今回でいえばContinuityなどの定義)をその下に書いておきます。そしてそのあとにTheorem 4の主張とそれに必要な定義などを書いています(この例でいえばTheorem1と4が重要と判断してTheorem2,3は削られています)。
Section1についてもSection2についても先に定義や主張を書いておいて(その時点で仮に使っている表記が未定義だとしても一旦気にせずにそれを書いてしまってから)、それを理解するのに必要な最低限のnotationをすぐその下に書く順番になっているのが個人的なポイントです(使う文字などをすべて丁寧にセットアップしてからstatementに入るのに慣れすぎていると最初は気持ち悪いかもしれません)。
なお、この時点で細かい意味をちゃんと理解しておく必要はありませんが、notationや定義をファイルに打つときに出てきた疑問などで数分考えられば分かるものなどは解決しておきます。
手順5:ここまで書いた内容について解釈などを補足する。
ここまでの段階でnotaiton、定義、resultsなどをまとめたわけですが(ちなみに、notaionと定義という単語の使い分けはあまり分かっていませんが、今回の記事に関していえばnotationがsettingに近いかんじのニュアンスで使っています)、なんとなく意味が理解できていてもそこまで「しっくりきている」というかんじではないと思うので、ここで解釈などについて自分なりに考えたりして、「そうやって理解すればいいのか!」というポイントを思いついて打ち込んでいきます。必要に応じて本文の説明などをちゃんと読んだり、自分で例を作ったりして、ここは自分の頭で考える必要があります。
手順4までの段階で論文の全体像が見えていたり、ここに重要そうなことが書いてあるなってのが見えていたり、このポイントは考えないとダメだなということがいくつか見えているはずなので、その中から時間と相談しながらいくつかのポイントについて考えるかんじです。
手順6:Proofも読んでいく(トリックが何かの視点を大事にする)。
実際には手順5の時点では解釈を考えるためにProofを読んだりしていたり、手順6をやる中で解釈が分かることも多いですが(手順5との前後関係は厳密ではありませんが)、次に必要なProofを読んで、Proofそのものを打ち込んだりProof Ideaを書いていきます。ただしそこまで精読が必要ではない論文の場合にはProofは眺める程度にして手順7に移ります。
指導教員からは「Proofをすべて丁寧に追うのではなくてそのProofのトリックが何かを考えるように」と言われているのでそれを意識しています(Main Resultが本当に正しいか証明を確認するみたいなかんじではなくて、Main Resultを成り立たせるからくりの要を明らかにするみたいなイメージを持っています)。
このあたりでは構成は本当に読んでいる論文によるのでなんともいえませんが、
資料のタイトル
1:Setting
・最低限のnotationや定義
2: Main Result (不可能性定理)
Theorem1:ーーーー
・Theorem1の理解に必要な定義 a
・解釈のポイント
・Theorem1の理解に必要な定義 b
・Proof Idea of Thorem 1
3: Main Result(可能性定理2つ)
Theorem3:ーーーー
・Theorem3の理解に必要な定義
Theorem4:ーーーー
・Theorem4の理解に必要な定義
4: 今回のframeworkとーーの関係
・ーーー
・ーーー
5: Theorem3と4のProofで重要なLemma
・Lemma1
・Proof of Lemma 1
・Lemma2
・Proof of Lemma 2
みたいなかんじが一例かと思います。セクションタイトルだけ読めば構成がすぐ分かって、各セクションにおいてその主張がはっきり分かるのがポイントです。Section4についてはこの論文特有の何か重要なポイントがあったのだと思います(この辺は柔軟にやっていく)。
手順7:資料として完成させる。
あとは自分が半年後に見返したときに分からなくならないように補足的な文章をいれなりして仕上げます。また、「なんか全体的にちょっといけてないよなぁ」と感じる場合には、資料の構成が今までの癖をひきづっていることもあるので、「結論が早く知りたがるタイプの先生がいたとして、その人に渡せる資料になっているか」という観点から構成を再調整したりします。
これで完成です。
実際には上の手順を厳密に守るわけではないですが(例えばMain Resultが多くて4つあるときにそれらを見極めた後に全部を一気にTex打ちせずに2つずつペアにしてまずは前半の2つをTex打ちした上で関連するnotationも確認してそこも書いてしまってから後半の2つに移ったり、気力がないときには単純作業としてでnotationを先にtex打ちして気合いを徐々に入れることも割とありますが)、「OverleafとMain resultを中心とした読み方」というのは意識しています。
これまでアブストやイントロをある程度頑張って読んで、notionもかなり丁寧に読んでいくみたいなスタイルを取っていた頃はそれが終わった時点で集中力が切れていましたが、このやり方にしてから同じくらいの時間でMain Resultとそれを支えるnotationを打ち込んだ上で解釈を検討するくらいはできるようになりました。なおイントロなどは飛ばしましたが、結局この手順が終わってから読みたかったら論文全体を通して読めばいいだけなので(内容把握できているのでスラスラ読める)そこは大丈夫です。
Fin.