ゲーム理論@浦和高校 Part3

結局は「ゲーム」の定義をしっかり理解できれば良いのですが、それを理解するためにも「単純な意思決定の状況」の定義をしっかり理解して、そのあとで「ゲーム」の定義を理解することにしましょう。といっても、問題となっているのは、前者におけるu_i、後者における(u_1,...,u_n)の数学的な構造だけです。他の箇所については今までの説明で全て説明してあります。

では最初の定義から見ていきましょう。注目するのは太線の部分です。

定義1:
「単純な意思決定の状況」とは、< i,A_i,u_i >のことである。ここでiは意思主体を表したもの、A_iはそのiさんが取りうる選択肢の集合、u_iiさんの嬉しさの構造を表すもの。ただし、u_iA_iの各要素にある実数を対応させるもの(数学的にはu_iA_iから実数全体の集合への関数)。

この太線の部分を理解するには、「集合」という概念、特にその中でも「実数全体の集合」という概念、そして「関数」という概念について見る必要があります。このような用語を丁寧に理解することが理論を作る上ではとても大事です。

まず「集合」についてですが、これが何かを厳密に論じるのは物凄く難しいので、ここでは「モノ(数字でも人の名前でも文字でもOK)の集まり」のことを集合と呼ぶ、くらいにしましょう。

定義a:
集合とは「モノの集まり」のことである。

例えば{1,2,3}は1と2と3という要素からなる集合です。{(1,2),(2,5)}は(1,2)という2つの数字の組と(2,5)という2つの数字の組からなる集合です。{1さん、2さん}は1さんと2さんからなる集合です。

また、実数全体の集合(実数とは"普通の数"のことです。1とか5とか-10とか1.2222とか10000.391とかは全て実数です。数学では虚数という不思議な数を考えることがあるのでそこはややこしいですが、分数でも少数でも負の数でも正の数でも、普通に考えうるすべての数は実数であり、その実数全体からなる集合)をRという記号で表すことにします。

つまり、R={1, 122, 4000, -10 , -1.222, ・・・}のようなかんじになっていて、そこには物凄く多くの数(常識的な数すべて)が入っています。

定義b:

実数全体からなる集合をRで表す。

「集合」という概念とその中でも大事な集合である「実数全体からなる集合R」の定義をしました。次に、「関数」を定義します。関数とは、ある集合の各要素に他の集合の要素を1つ対応させる対応ルールのことです。

定義c:
Aという集合の各要素に対して、Bという集合の要素を1つ対応させる対応ルールfのことを集合Aから集合Bへの関数という。


例えば、gが集合A = {1,2}から集合B = {バナナ、ドリアン}への関数であるということの意味は、gはAの各要素(つまり1と2)に対して、Bの要素を1つ対応させるということです。具体例として1をバナナに、2をドリアンに対応させる対応ルールが考えられます。他にも1をバナナに2もバナナに対応させる対応ルールも考えられます。これらは集合Aから集合Bへの関数です。

要は、2つの集合があったときにその要素間の対応関係を指定するのが関数ということです。もう一つくらい例を出すと、集合X = {1,2,3}から集合Y = {A,B}への関数として、1をAに、2をBに、3をAに対応させる対応ルールを考えられます。集合Xの各要素に対して集合Yの要素を1つ対応させているからです。

なお、A = {a,b}からRへの関数と言ったら、Rが実数すべてからなる集合であることを思い出すと、それはaに24をbに100を割り当てるような(つまり、aとbそれぞれにある実数を割り当てるような)対応ルールを指します。

数学的用語をまとめます。

・集合とは「モノの集まり」のことである。
・実数全体からなる集合をRで表す。
・Aという集合の各要素に対して、Bという集合の要素1つを対応させる対応ルールfのことを集合Aから集合Bへの関数と呼ぶ。

用語のイメージは掴めたと思います。

準備ができたので、

iさんの嬉しさを表すu_iは数学的には、A_iから実数全体の集合への関数)

という主張をもう一度見てみましょう。実数全体の集合をRで表すことにしたので、この文は(iさんの嬉しさを表すu_iは数学的には、A_iからRへの関数)となります。

つまり、u_iというのは、A_iiさんの選択肢の集合)の各要素(つまりiさんの各選択肢)に対してRの中の1つの要素(つまり1つの実数)を対応させる対応ルールであると主張しているのです。

iさんが取りうる各選択肢に対してiさんがそれを選んだときのiさんの嬉しさの度合いを表す数字を対応させる対応ルールのことをiさんの嬉しさの構造と呼ぶという意味です。これはゲーム理論以前の世界観に合致しています(自分の嬉しさが自分の選択のみによって決まっているから)。

もう一度定義を見てみましょう。今回は、「あぁそりゃそう定義するよね」と理解できるはずです。

定義1:
「単純な意思決定の状況」とは、< i,A_i,u_i >のことである。ここでiは意思決定をする人を表したもの、A_iはそのiさんが取りうる選択肢の集合、u_iiさんの嬉しさの構造を表しA_iの各要素に1つの実数を割り当てるものである(u_iA_iからRへの関数)。

これがゲーム理論以前の枠組みが対象としていた状況を定式化したものです。

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この定義を数学的な部分も含めて理解できたところで、本丸の「ゲーム」の定義をみてみましょう。

定義2:
「ゲーム」とは、< N,(A_1,...,A_n),(u_1,....,u_n) >のことである。ここでN=\{1,2,...,n\}は意思決定主体(プレイヤー)の集合、A_1,..,A_nはそれぞれ1さんからnさんが取りうる選択肢の集合、u_1,...,u_nはそれぞれ1さんからnさんの嬉しさの構造。ただし、u_1,..,u_nはそれぞれA_1\times....\times A_nからRへの関数。

太線の部分を理解したいわけですが、言っているのはu_1A_1\times....\times  A_nからRへの関数であり、u_2も同じようにA_1\times....\times A_nからRへの関数であり、、、、u_nA_1\times....\times A_nからRへの関数であるということです。

A_1\times....\times A_nが何であるかはまだ説明していませんが、この部分がこんんなよく分からないものではなく、仮にu_1A_1からRへの関数、u_2A_2からRへの関数、u_nA_nからRへの関数である、のようになっていたらどういう意味になるでしょうか?なぜこれではいけないのでしょうか?

実はこうしてしまうと、ゲーム理論以前の世界観と同じになってしまうのです。

u_1という1さんの嬉しさの構造を表すものが、A_1からRへの関数になっているということは、1さんの嬉しさの構造とは、1さんの各選択肢に嬉しさの度合いを表す数字を1つ割り当てる対応ルールとなってしまい、1さんの嬉しさは1さんの選択にのみ依存することになります。

我々は「1さんの嬉しさは1さんだけではなくて1〜nさん全員の選択に依存して、2さんの嬉しさも1〜nさん全員の選択に依存していて、、、、nさんの嬉しさも1〜nさん全員の選択に依存している」みたいな状況を描写したいわけですから、1さんのある選択に対して1さんの嬉しさを表す数字を割り当てるのではなく、

(1さんのある選択、2さんのある選択、、、、nさんのある選択)という各プレーヤーの選択の組に対して数字を割り当てる対応ルールを1さんの嬉しさの構造としたいのです。例えば(企業1が値下げをする、企業2が値下げをする)みたいな選択肢の組に対して企業1の嬉しさを対応させたいわけです。

これをやるのに、A_1\times....\times A_nという表記が便利なのです。A_1とかA_nはどれも集合ですので、これは集合の掛け算になっています(4人のプレーヤーがいる状況では、A_1\times A_2\times A_3\times  A_4)。数字と数字の掛け算の結果が数字であるように(2×3は6ですね)、集合と集合の掛け算の結果は集合となります。

定義d:
集合A={1,2}、集合B={5,6}に対して、A \times B\{(1,5),(1,6),(2,5),(2,6)\}と定義される。一般に、集合Zと集合Wが与えられたとき、Z×Wは「集合Zの1つの要素と集合Wの1つの要素から作られたペア全体からなる集合」を表す。

つまり、集合A_1\times....\times A_nは、A_1から1つの要素、A_2から1つの要素、、、、A_nから1つの要素を取り出して作った組全体からなる集合となります。

具体的に考えてみましょう。3人がじゃんけんをする場面でN={1,2,3}として、A_1=A_2=A_3=\{g,c,p\}とすると(gがグー、cがチョキ、pがパーを表します)、A_1\times  A_2\times A_3の中には例えば(p,c,c)という組や(p,p,p)という組などが入ることになります。それらのあり得る組すべてからなる集合がこの文脈におけるA_1\times  A_2\times  A_3です。

ここまでくると「u_1A_1\times....\times A_nからRへの関数」という意味が分かってくるはずです。これはつまりu_1という1さんの嬉しさの構造を表すものは、A_1\times....\times A_nという「プレーヤーの選択の組すべてからなる集合」から、Rへの関数であると主張しています。

つまり、各選択の組(例えば(g,c,c))に対して、それが1〜3さんによって選ばれたときに1さんはどのくらい嬉しいかを対応させる対応ルールが、1さんの嬉しさの構造を表すものであると主張しているのです。これは「ゲーム理論の核となるひらめき」=「自分の嬉しさが自分の選択だけでなく他の人の選択にも依存するような状況」の精神を上手く表しているといえるでしょう。

もう一度定義に戻ってみましょう。
ここまで来れば自力で、「あぁたしかにゲーム理論が扱おうとしているゲーム的状況を上手く表した定義だな」と分かるはずです。少し丁寧に見てください。

定義2:
「ゲーム」とは、< N,(A_1,...,A_n),(u_1,....,u_n) >のことである。ここでN=\{1,2,...,n\}はプレイヤーの集合、A_1,..,A_nはそれぞれのプレーヤーの選択肢の集合、u_1,...,u_nはそれぞれのプレーヤーの嬉しさの構造。ただし、u_1,..,u_nはそれぞれA_1\times....\times A_nからRの関数。

次のように書くと見やすいかもしれません。

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「ゲーム」とは、< N,(A_1,...,A_n),(u_1,....,u_n) >

N=\{1,2,...,n\}はプレイヤーの集合。
A_1,..,A_nはそれぞれのプレーヤーの選択肢の集合。
u_1,...,u_nはそれぞれのプレーヤーの嬉しさの構造を表すもので、A_1\times....\times A_nからRの関数。
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< N,(A_1,...,A_n),(u_1,....,u_n) >がたしかに1つのゲーム的状況を記述するものになっていることに納得してみてください。

さて、これでひと段落です。

僕たちは、「ゲーム的状況ってあるよね」と気づいた後に、それを分析するための理論を作る第一歩として「ゲーム」の定義をしました。「社会について数学を使って考える」という文脈においてとても大事なことが行われたわけです。

最後のPart4では、いくつかの具体例と発展的な内容の紹介を行います。

Part4はこちら