アローの不可能性定理の証明(前提知識あり)


この記事は、授業でアローの不可能性定理を習ったが上手く理解できなかった人(つまり少し前の自分)を想定読者に、その証明を説明するものです。アローの不可能性定理の証明は有名なものだけで5つほどありますが、今回は読んだときに一番衝撃を受けたExtremal Lemmaを用いた証明を紹介します。

参考にしたのはGeanakoplos(2005)です。

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セットアップ

・個人の集合をN=\{1,2,...,n\}とする。2≤n\lt \infty

・選択肢の集合をXとする。3≤|X|\lt \infty

X上の合理的な選好の集合を\mathcal{E}で表す(注意:標準的なミクロ経済学の教科書に合わせて「合理的な選好」という言葉を使っています。この言葉づかいをしている以上、「選好」であるからといって完備性と推移性を満たすとは限らないです。とはいえ、今回は完備性や推移性を緩めるような議論は考えないため、誤解が生じない範囲において「合理的な選好」と書くべきところを「選好」と簡略的に書くかもしれません)。

つまり、\mathcal{E}X上の完備性と推移性を満たすBinary Relation全体からなる集合である。例えば、X=\{x,y,z\}のとき、\{(x,x),(y,y),(z,z),(x,y),(y,z),(x,z)\} \in  \mathcal{E}などが成り立つ。

・直積集合\mathcal{E}^nは選好プロファイル全体からなる集合であり、その各要素は、1さんからnさんまでの(合理的な)選好を並べたものである。*1

Social Welfare Functionとは、関数 f : \mathcal{E}^n\rightarrow \mathcal{E}のことであり、各選好プロファイルに対して1つの(合理的な)選好を対応させる。

つまり、関数 fは選好プロファイルがこうなっているときは社会の選好をこれにして、選好プロファイルがこうなっているときは社会の選好をこうします、のように「社会さん」の選好の作り方を指定するものである。

・表記について。\succeq_iiさんの選好を表す。\succ_iiさんの選好のAsymmetric partを表す。\sim_iiさんの選好のSymmetric Partを表す。なお、社会の選好について表すときは下付き文字を取る。つまり、a\succ bと書いたら、それは社会の選好がaよりもbを厳密に望んでいることを表す。

例:\succeq_i=\{(x,x),(y,y),(z,z),(x,y),(y,x),(y,z),(x,z)\}のとき、\succ_i=\{(y,z),(x,z)\}\sim_i=\{(x,x),(y,y),(z,z),(x,y),(y,x)\}


fに関する条件

Social Welfare Functionに満たして欲しい条件を3つ定式化する。

アローの不可能性定理ではその3条件をすべて満たすSocial Welfare Functionは存在しないと主張することになる。

(Condition P)
Social Welfare Function f全会一致性を満たすとは、任意の選択肢 x,y\in X、任意の選好プロファイル(\succeq_1,...,\succeq_n)\in \mathcal{E}^nについて、すべての\succeq_iにおいて選択肢 xが選択肢 yよりも厳密に上に位置づけられるならば(i.e., \forall i\in N \ x\succ_i y)、(その選好プロファイルをfで飛ばした先の)社会の選好についてx\succ yが成り立つことである。

この条件はとても理解しやすい。全員がxyより厳密に望んでいるとき、社会の選好においてもxyより厳密に望まれるべき、という条件である。「weak Pareto principle」と呼ばれることもあるためPを用いた。

次の条件はIIA(independence of irrelevant alternatives:関係ない選択肢からの独立性)と呼ばれ、非常に強い条件であるとともに、解釈が難しい。

言葉による説明としては、「社会の選好(各個人の選好をaggregateして作る選好)においてxyがどのような順序づけになるか(x\succ yx \sim yy \succ xのいずれになるか)は選好プロファイルにおいて各個人がxyをどのように順序づけているかだけに依存する」となる。つまり、任意の2つの選好プロファイルに注目したときに、各個人のxyの順序づけが2つの選好プロファイルで同じならば、どちらの選好プロファイルを fで飛ばした先の選好においてもxyの順序づけは同じになってくださいという条件である。

(Condition IIA)
Social Welfare Function fIIAを満たすとは、任意の選択肢 x,y \in X、任意の選好プロファイル(\succeq_1,...,\succeq_n),(\succeq'_1,...,\succeq'_n)\in \mathcal{E}^nに対して、

\forall i \in N [ x\succeq_i y \Leftrightarrow x\succeq'_i y  かつ y\succeq_i x \Leftrightarrow y\succeq'_i x  ]

ならば

[ x\succeq y \Leftrightarrow x\succeq' y  かつ  y\succeq x \Leftrightarrow y\succeq' x ]

が成り立つことである(ここで\succeqf(\succeq_1,...,\succeq_n)\succeq'f(\succeq'_1,...,\succeq'_n)である)。

この条件は「全会一致性」や3つ目の条件である「非独裁者性」と比べると、「当然満たされていて欲しい」というかんじではない。この条件の解釈については込み入った話があるが今回は深い議論はせずに、「アローが集計ルールに満たしていてほしいと思った条件」と思っておく。

独立性は証明において重要な役割を担うので、それが何を要求しているかについてのイメージはもう少し掴んでおく。下図の左側の選好プロファイルが与えられたとする(図において各個人の選好に本来付けるべき下付き文字は省略している)。ここから何かしら社会の選好を作りたい。つまり、社会のところにある3つの枠をどうするか決めたい。その際に独立性がいっているのは、社会の赤枠のところを決める時には選好プロファイルの赤枠の情報だけを見ましょう、社会さんの青枠のところを決める時には選好プロファイルの青枠の情報だけを見ましょう、緑枠のところを決める時には緑枠の情報だけを見ましょう、ということである。その情報だけが効いてくることを独立性は要求する。

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(Condition D)
Social Welfare Function f非独裁者性を満たすとは、以下の条件が成り立たないことである。ある個人i\in Nが存在して、任意のx,y\in X、任意の(\succeq_1,...,\succeq_n)\in \mathcal{E}^nに対して、

x\succ_i y ならば  x \succ y

が成り立つ。*2

注目している fにおいてこのような個人iが存在するときiを独裁者( fにおける独裁者)と呼ぶ。つまり条件Dは、独裁者(Dictator)は存在しないでくださいという条件である。

独裁者の意味を明確にしておく。例えば、いま注目している fにおいて1さんが独裁者であるとき、1さんの選好がx\succ_1 y \succ_1 z であるような任意の選好プロファイルに対しては、社会の選好もx\succ y \succ z となる。同様に、1さんの選好がy\succ_1 z \succ_1 x であるような任意の選好プロファイルに対しては、社会の選好もy\succ z \succ x となる。

ただし、1さんが独裁者になっているからといって、例えば1さんの選好がx\sim_1 y \sim_1 z であるような選好プロファイルについては fで飛ばした先の選好は必ずしもx \sim y\sim zである必要はない(仮に弱選好を使って非独裁者性を定義したならそこまで求められる)。

また、定義の「任意のx,y\in Xに対して」の部分を「任意のx,y\in X (x\ne y)に対して」としても条件としては同値であることに注意(この点は証明において重要になる)。*3

アローの不可能性定理の主張

以上の準備のもとで、アローの不可能性定理は、次のようになる。

アローの不可能性定理
条件P、IIA、Dを同時に満たすSocial Welfare Function f : \mathcal{E}^n\rightarrow \mathcal{E}は存在しない。*4

証明の大枠は背理法で、そのようなfが存在すると仮定したときに、そのfのもとで独裁者が出てきてしまうことを示すことになる。

Extremal Lemmaの主張

今回の証明において鍵となる補題は、「Extremal Lemma」と呼ばれる。この補題を先に証明した上で本丸の証明に入っていく。まずは主張を見てみる。

Extremal Lemma
fが条件Pと条件IIA(全会一致性と独立性)を満たすとする。そして、任意の選択肢 b\in Xに注目する。このとき、全員が bを一番下か一番上に順序づけている任意の選好プロファイルについて、それを fで飛ばした先の選好においても bは一番下か一番上に順序づけられる。

 

ただし、半分の人がbを一番上に半分の人がbを一番下に順序づけている選好プロファイルなども「全員がbを一番下か一番上に順序づけている任意の選好プロファイル」に含まれる。また、「一番下」「一番上」と書く場合はいつも「厳密に一番下」「厳密に一番上」という意味である。

手始めに、全員がbを厳密に一番上に位置付けている選好プロファイルを考える。すなわち、すべてのi\in Nとすべての a \in X\setminus\{b\}について、b\succ_i aとなっている選好プロファイルを考える。これは次のように図で表すことができる(ただし、各列が個人の選好を表し、左から1さん、2さん、、、nさんの選好。この場合はn=4。なお、ある選択肢が他の選択肢よりも上に位置しているとき、上に位置する選択肢は厳密に望ましいと解釈される)。

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図のように全員の選好においてbが一番上に位置しているとき、条件Pから社会の選好においてもbが厳密に一番上に位置することになる。このことを確かめるには、任意のb以外の選択肢cに注目してみると、いま考えている選好プロファイルにおいてはすべての個人がbcより厳密に望んでいる(厳密に上に順序づけている)ため条件Pから社会の選好においてもbcより厳密に望まれる。よって社会の選好においてbが厳密に一番上に位置することになる。

同様に全員についてbが一番下になっている選好プロファイルについても、fで飛ばした先の選好においてbは一番下にくるため、「社会の選好においてbが一番下か一番上にくる」という条件は満たされると分かる。

この2つのケースについては当たり前である。Extremal Lemmaが主張しているのは、この2つのケースに限らず、以下のようなケース:半分の人がbを一番下、半分の人がbを一番上に順序づけている選好プロファイルについても、それを飛ばした先の選好において、fがPとIIAを満たすとき、bは必ず一番下か一番上になっていていることである。

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なお、ここまでの図において、誰の選好においても無差別はないような表記になっているが(どの人の選好についてもb3つの・が同列になることなく上から綺麗に並んでいるが)、これは図の見やすさのためであり、実際にはb以外の選択肢については無差別があっても構わない。

Extremal Lemmaの証明

Extremal Lemma
fが条件Pと条件IIA(全会一致性と独立性)を満たすとする。そして、任意の選択肢 b\in Xに注目する。このとき、全員が bを一番下か一番上に順序づけている任意の選好プロファイルについて、それを fで飛ばした先の選好においても bは一番下か一番上に順序づけられる。

証明
背理法で示す。ある選択肢b\in Xとある選好プロファイル(\succeq_1,...,\succeq_n)\in \mathcal{E}^nが存在して、その選好プロファイルにおいてbはすべての個人に一番下か一番上に順序づけられているが、それを飛ばした先の選好では一番上にも一番下にも順序づけられていないと仮定する。

このとき、ある選択肢a,c\in X\setminus \{b\}が存在して、a\succeq b  \land   b \succeq cが成り立つ(なぜなら、もしそのようなaが存在しないのであればbは他のすべての選択肢より厳密に望ましくなってしまい、もしそのようなcが存在しないのであればbは他のすべての選択肢より厳密に望ましくなってしまう)。

そして、このacは別の選択肢であると考えてよい(上で取ったacが同じである場合には、違う2つの選択肢を取り直せば良い)。*5

ここまでで、あるa,c  (a\ne c) \in X\setminus\{b\}が存在して、社会の選好f(\succeq_1,...,\succeq_n)において、a\succeq b  \land  b\succeq cとなることが分かった。

ここから話が変わって、いま固定している選好プロファイルを元にして新しい選好プロファイルを作る。そして最終的には今から作る選好プロファイルをfで飛ばした先の選好において矛盾が導かれることになる。

 

どのように新しい選好プロファイルを作るかであるが、背理法の仮定のところで固定した選好プロファイルに対して、「ac以上に順序づけている個人の選好」のみに修正を加える。具体的には、ca1つ上に持ってくる(他の選択肢はいじらない)。

例えば、固定した選好プロファイルが下図のようになっていたとしたら、

(元の選好プロファイル)

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1さんの選好、2さんの選好、4さんの選好においてcaの一個上に持ってくる。

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すると新しい選好プロファイルは次のようになる。

(新しい選好プロファイル)

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次図を見ると新しい選好プロファイルの作り方のイメージが湧くかもしれない。f:id:KoHarada:20220222091903p:plain
このように新しい選好プロファイルを作ると、新しい選好プロファイルにおいてはcは常にaよりも厳密に上に位置づけられているので、条件Pより新しい選好プロファイルをfで飛ばした先の選好においては、c\succ aとなる。また、baの位置関係と、bcの位置関係は最初に取ってきた選好プロファイルと新しく作った選好プロファイルでどの個人においても変わらないため(bが一番下か一番上にあることが効いてきている)、独立性より、新しい選好プロファイルをfで飛ばした先においてもa\succeq bb\succeq cが成り立つ。*6よって、新しい選好プロファイルを飛ばした先においてa\succeq  cが成り立つことになる。しかしこれは先程のc\succ aと矛盾。

これでExtremal Lemmaが示された。

証明のポイントだったのはbが一番下か一番上に位置していることでcaの上に持ってきたところで、abの位置関係、cbの位置関係は変わらなかった点である。それぞれの個人におけるabの位置関係に注目して下図を見て頂きたい。次に、cbの位置関係に注目して下図を見て頂きたい。

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仮に図の1さんの選好においてbacの間にあったらcaの上に持っていくとcbの位置関係は変わってしまう。

このように、元のプロファイルから独立性を使える形で新しい選好プロファイルを作ったことで、新しい選好をfで飛ばした先について色々言えて(元の選好プロファイルにおいて成り立っていたa\succeq bb\succeq cが新しい選好プロファイルを飛ばした先でも成り立つと言うことができて)矛盾を導けた。

このロジックを理解できているかを確認するには、「ca1個上に持ってくる」という箇所において「1個上」という部分が大事か考えてみると良い。結論としては、その部分は大事ではなく、一番上にあるbに届かない範囲ならどのようにcaの上に持ってきても問題ない。このように新しい選好プロファイルを作ったときにも先ほどのロジックが成り立つことを確認してみてください。

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・証明中の表記について。Lemmaの証明において、元の選好プロファイルを飛ばした先の選好についてもa\succeq cのように書いて、それとは別の選好プロファイルを飛ばした先の選好についてもa \succeq cのように書きました。本来これらは同じ記号で書かずに、他の箇所でやったように\succeq\succeq'など使い分けるべきである。表記の煩雑さを抑えるため、「元の選好プロファイルをfで飛ばした先において」などの言葉を補うことで簡略化している。

不可能性定理の証明

ここまでをまとめると、最初に\mathcal{E}fの定義を与えた上で、fに関する3つの条件(P、IIA、D)を定式化した。そして、アローの不可能性定理の主張が、「それら3つの条件を満たす fは存在しない」であることを見た。その証明は背理法で行われることになるが、その途中で使うと補題であるExtremal Lemmaを先に証明しておいた。これから本丸の証明である。

証明のイメージとしては、アローの不可能性定理の他の証明でも基本的に同じであるが、まず「独裁者のような人」が存在することを示す。そして後に、その人が「独裁者」になることを示す。実際にはもう少し複雑ではなるが、この視点で捉えると他の証明も統一的に理解しやすい。*7

アローの不可能性定理
条件P、IIA、Dを同時に満たすSocial Welfare Function f : \mathcal{E}^n\rightarrow \mathcal{E}は存在しない。

 

証明
背理法で示すために、3つの条件を満たすSocial Welafare Function fが存在すると仮定する。このfについてこれから見ていくことになる。

STEP1

任意にb\in Xを固定する。

ここで少しアクロバティックなことをする。まず、「全員にとってbが一番下に位置する選好プロファイル」を任意に取ってきて固定する。当然、この選好プロファイルをfで飛ばした先の選好においてもbは一番下にくる(条件P)。

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ここで、1さんから順にbを一番下から一番上に移動させていく。

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この操作をnさんまで進めていくことを考えると、どこかのタイミングでその選好プロファイルを飛ばした先においてbが一番下以外にくることになる(nさんまでこの作業を繰り返せば確実にbが社会の選好において一番上にくるので、そのような個人が存在しないことはない)。

1さんの選好においてbを動かしたタイミングではbは社会の選好においてまだ一番下かもしれない。2さんの選好で動かした後においてもそうかもしれない。でも、誰かしらのmさんを動かした後には「飛ばした先においてbが一番下にくる」という性質は外れるので、最初にその性質を外してくれた個人をmで表す。

mさんの選好を動かす前の選好プロファイルをIとして、mさんの選好を動かした後の選好プロファイルをIIとする。

(選好プロファイルI)

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(選好プロファイルII)

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選好プロファイルIについてはmの選び方より、それをfで飛ばした先においてbは一番下に位置付けられる。対して、選好プロファイルIIについてはmの選び方より、それを飛ばした先においてbは一番下に位置付けられることはない。それどころか一番上に位置付けられることがExtremal Lemmaからいえる(これを言いたいからExtremal Lemmaを準備した)。

なぜなら、選好プロファイルIIにおいてbはすべての個人にとって一番下か一番上に位置付けられているからである。よってExtremal Lemmaより飛ばした先においてbは一番下か一番上に位置付けられることがなるが、mさんの見つけ方よりbは一番下に位置付けられることはないと分かっているので、bは一番上に位置付けられる。

bは、選好プロファイルIを飛ばした先においては一番下、選好プロファイルIIを飛ばした先においては一番下に位置付けられるわけだ。ここで注目すべきは選好プロファイルIとIIにおいて選好が異なる個人はmしかいないことである。

 

つまり、他の人の選好をIやIIにおける選好で固定したときに、mさんはbを一番下に持ってくることで社会の選好においてもbを一番下に持ってくることができ、bを一番上に持ってくることで社会の選好においてもbを一番上に持ってくることができる。

STEP1はここまで。我々はmさんという「ある選好プロファイルが存在して、他の人の選好をそこから動かさないで自分の選好だけ変えることで、bを社会において一番上にも一番下にもできる」という条件を満たす人を見つけてきた。mさんはほんの少しだけ独裁者のようである。続くSTEP2ではこのmさんはかなり独裁者っぽいといえることを示す(そしてSTEP3でSTEP2で捉えられなかった部分を捉えて証明は終わる)。

選好プロファイルIとIIがそれぞれどのようなものであったかを覚えておきながら(図を覚えておきながら)、次のステップに進む。

 

STEP2

bではない任意の2つの選択肢a,c\in X(ただしa\ne c)について考える。これから示すのは「mさんがacよりも厳密に望んでいる選好プロファイルについて、それを fで飛ばした先の選好についてもacより厳密に望まれる」ことである。

これを示すために選好プロファイルIIから新しい選好プロファイルを作る。

選好プロファイルIIのmさんの選好において、一番上に位置しているbの上にaを持ってくる(mさんの選好に加える変更はこれだけである)。次に他の人の選好については選好プロファイルIIからはbの位置は変えずに後は自由に並べてしまう。そしてこれを選好プロファイルIIIと呼ぶ。

より正確な表現をすると、「mさんの選好については選好プロファイルIIと同じだがaを一番上に持ってきているところだけ違う、かつ、他の人の選好についてはbの位置だけ選好プロファイルIIと同じである」ような任意の選好プロファイルを固定して、それを選好プロファイルIIIと呼ぶ。

選好プロファイルIIIを飛ばした先において、a\succ bが成り立ち、またb\succ cも成り立つ。なぜa\succ bが成り立つかというと、これは選好プロファイルIIIにおけるabの各個人における比較が選好プロファイルIにおける比較と同じだからである。b\succ cについては選好プロファイルIIと各個人における比較が同じであるからである。よって、選好プロファイルIIIを fで飛ばした先においてa\succ cが成り立つ(a\succ bb\succ cより)。

選好プロファイルIIIを飛ばした先においてa\succ cが成り立つと分かったことはかなり嬉しい。なぜならこれがいえた時点でSTEP2の証明は終わっているからである。

ここで選好プロファイルIIIを作るときに、mさん以外の人の選好におけるacの比較は任意だったことを思い出すのが重要になる。

Step2で欲しかったのは、「a\succ_m c を満たす任意の選好プロファイルに関してそれをfで飛ばした先の選好についてa\succ cが成り立つこと」である。

しかし、実際にはa\succ_m c を満たす選好プロファイルをすべて考慮する必要はない。なぜならfが独立性を満たすことより、各個人についてbcの比較がどうなっているとか他の全然関係ない選択肢同士の比較がどうなっているとかはa\succ cが実現するかに影響しないからである。

すなわち、欲しい結果が成り立っていることを示すには、

mさんはa\succ_m c1さんはa\sim_1 c\cdotsnさんはa\succ_n cである選好プロファイルを1つ持ってきて、それについてfで飛ばすとa\succ cになることを示す。

mさんはa\succ_m c1さんはa\succ_1 c\cdotsnさんはc\succ_n aである選好プロファイルを1つ持ってきて、それについてfで飛ばすとa\succ cになることを示す。

・・・・

のように、mさんについてはa\succ cのパターンだけでいいが、他の人については全パターンの組み合わせについて上のことを示せば良い。各組み合わせについて「1つ持ってきたときに」で良いのは独立性により、その1つについてa\succ cだと示されれば他についてもa\succ cになることが保証されるからである。

このことを確認すると、任意に作った選好プロファイルIIIについてa\succ cと言えているので欲しい結果が手に入っていることは明らかである(選好プロファイルIIIを作るときにmさん以外の人におけるacの比較は任意であったこと、mさんにおいてはa\succ_m cであったことをおさえる)。

STEP3

STEP2で示されたこととSTEP3で示すべきことを明確にするために以下の用語の定義をしておく。個人i選択肢のペアxy(ただしx\ne y)に関する独裁者であるとは、任意の選好プロファイルに対して、x\succ_i yならばx \succ yが成り立つことである。あるfにおいて、iさんがxyに関する独裁者だからといってiさんは必ずyxに関する独裁者であるとはいえないことに注意。*8

 

この用語を用いると、mさんが独裁者であることは、「任意のx,y\in X(ただしx\ne y)に対してmさんがxyに関する独裁者であること」と表現できる。

STEP2で示したのは、任意のx,y\in X\setminus\{b\}(ただしx\ne y)に対して、mさんはxyに関する独裁者であることである。

ということでSTEP3で示すべきは、「任意のbではない選択肢a\in Xに対して、mさんはabに関する独裁者である」、かつ、「任意のbではない選択肢a\in Xに対してmさんはbaに関する独裁者である」が成り立つことである。

まずは任意のbではない選択肢aを固定する。これに対して、「mさんはabに関する独裁者である」と「mさんはbaに関する独裁者である」が成り立つことを示せば良い。

そのために、ちょっと上手いことをやる。我々はSTEP1においてbを固定した上でmさんを見つけたが、そのときにc(ただしaでもbでもない)を固定したとしたら別のlさんを見つけていたはずである。そしてそのままSTEP2に進んでいたらlさんはabに関する独裁者、baに関する独裁者であることが示されたはずである。

このようなlさんが実はmさんと一致することを示せればmさんはabに関する独裁者、baに関する独裁者であることになり、mさんは晴れて独裁者となり話は終わるが、実はこの一致は簡単に分かる。仮にlさんとmさんは異なる個人だとしてみる。lさんはabbaに関する独裁者であるが、mさんは選好プロファイルIIに他の人の選好を固定したときに、自分の選好においてbを一番上に持ってくるか一番下に持ってくるかで社会におけるabの比較をa \succ bにするかb \succ aにするかを決めることができた。しかし選好プロファイルIIにおいてlさんはabについて無差別ではないことは保証されているため、lさんの選好を固定したときにmさんが自由にa \succ bにするかb \succ aにするかを決めれるのはおかしい(lさんがabbaに関する独裁者であることに矛盾する)。

以上により、mさんはしっかりと独裁者であることが示された。STEP1でmさんを見つけてきた時点では、「mさんはほんの少し独裁者みたいな性質を持っているな」程度であったが、STEP2、STEP3と進むことでmさんはちゃんと独裁者だと分かった。そしてこれはfが条件Dを満たすことに矛盾するため、アローの不可能性定理の証明終了である。

Fin.

また、こちらの記事に別証明が2つまとめてあります:アローの定理の別証明
僕自身は証明を3つ読むことでかなり力がついたと感じますし、その時間はとても有意義になりました。ぜひご参照ください。

最後に、この記事を読んだ上で教科書や論文に載っているアローの証明を読むときの注意点として、この記事ではSocial Welfare Function fの値域を \mathcal{E}にしているが、これをX上のbinary relation全体からなる集合にした上でfの条件として合理性を課す定式化などもある。また、fの定義域についても \mathcal{E}^nではなく \mathcal{E'}^n(ただし \mathcal{E'}\mathcal{E}の非空部分集合)とした上で、fの条件として\mathcal{E'}=\mathcal{E}を課す定式化もあるので注意してください。

*1:用語について。この証明においてはあまり問題にならないが(したがってそこまで厳密に使わないかもしれないが)、「選好プロファイル」と言ったら、それを構成する選好は全て合理的であるとする。選好をn個並べたからといってその中に合理的でないものが混じっていたらそれは「選好プロファイル」と呼ばないことにする。

*2:丁寧に書く。「x\succ_i y ならば  x \succ y」の部分は、「その選好プロファイルがx\succ_i y を満たすならば、その選好プロファイルを fで飛ばした先において x \succ yとなる」と書ける。

*3:補足する。論理記号「ならば(\Rightarrow)」の使い方を確認すると「任意のx,y\in X (x\ne y)に対して」としても条件としては同値であることが分かる。同じ選択肢x,yについては「ならば」の前の部分が成り立たないからである。これで説明を終わりにして良いが、もっと丁寧にいえば、この注釈でやろうとしているのは条件Dとは別の条件D'(ただし条件Dと同じだが唯一違うのは「任意のx,y\in X (x\ne y)に対して」になっているところ)を定式化した上で、「任意の fについて fがDを満たす\Leftrightarrow fがD'が成り立つ」がなぜ成り立つかの説明である(これが本文中の「条件として同値」の意味である)。DからD'がimplyされるのは明らかだがD'からDがimplyされるのを示すときに論理記号「ならば」の細かい話が重要になってくる。

*4:丁寧に書く。全てのSocial Welfare Functionからなる集合をFで表すと、アローの不可能性定理の主張は、\lnot [ there exists  f\in F such that  f satisfies P,IIA and D ]と書ける。

*5:実際に示しておく。acが同じ選択肢であるとする。このとき表記をzで統一する。すると、z\succeq bかつb \succeq zが成り立っていると分かる。ここで3≤|X|であるためb,z以外の選択肢xを考えることができる。このxについて完備性よりx\succeq bまたはb \succeq xが成り立つ(両方が成り立つこともある)。xについては成り立っている方(両方成り立っているならどちらでも良い)を採用してあげて、zについてはそれとは逆の方のみを採用してあげれば、上手く取り直しが成立することが分かる。

*6:表記について。ここだけではないが良い場所がなかったのでここで指摘しておく。例えば「選好プロファイル(\succeq_1,...,\succeq_n)fで飛ばした先においてa\succ bが成り立つ」のような表現が出てきたとき、これは丁寧に書くと次のようになる:[ a  f(\succeq_1,...,\succeq_n)  b ] \land [  \lnot \ b  f(\succeq_1,...,\succeq_n)  a ]。これが分かっていると今回丁寧に書かなかった表記のほぼ全ては自身で補えると思う。

*7:ただし、「独裁者のような人」と言ったときにそれがどういう意味(どの程度強い意味)であるかは証明によって異なる。

*8:例を出す。X=\{x,y,z\}としてどんな選好プロファイルに対してもx \succ y \succ zを対応させるfについて考える。このとき、全ての個人はxyに関する独裁者になるが、yxに関する独裁者にはならない。