アローの不可能性定理の証明(前提知識あり)
この記事は、授業でアローの不可能性定理を習ったが上手く理解できなかった人(つまり少し前の自分)を想定読者に、その証明を説明するものです。アローの不可能性定理の証明は有名なものだけで5つほどありますが、今回は読んだときに一番衝撃を受けたExtremal Lemmaを用いた証明を紹介します。
参考にしたのはGeanakoplos(2005)です。
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セットアップ
・個人の集合をとする。
。
・選択肢の集合をとする。
。
・上の合理的な選好の集合を
で表す(注意:標準的なミクロ経済学の教科書に合わせて「合理的な選好」という言葉を使っています。この言葉づかいをしている以上、「選好」であるからといって完備性と推移性を満たすとは限らないです。とはいえ、今回は完備性や推移性を緩めるような議論は考えないため、誤解が生じない範囲において「合理的な選好」と書くべきところを「選好」と簡略的に書くかもしれません)。
つまり、は
上の完備性と推移性を満たすBinary Relation全体からなる集合である。例えば、
のとき、
などが成り立つ。
・直積集合は選好プロファイル全体からなる集合であり、その各要素は、
さんから
さんまでの(合理的な)選好を並べたものである。*1
・Social Welfare Functionとは、関数 のことであり、各選好プロファイルに対して
つの(合理的な)選好を対応させる。
つまり、関数 は選好プロファイルがこうなっているときは社会の選好をこれにして、選好プロファイルがこうなっているときは社会の選好をこうします、のように「社会さん」の選好の作り方を指定するものである。
・表記について。は
さんの選好を表す。
は
さんの選好のAsymmetric partを表す。
は
さんの選好のSymmetric Partを表す。なお、社会の選好について表すときは下付き文字を取る。つまり、
と書いたら、それは社会の選好が
よりも
を厳密に望んでいることを表す。
例:のとき、
、
。
fに関する条件
Social Welfare Functionに満たして欲しい条件を3つ定式化する。
アローの不可能性定理ではその3条件をすべて満たすSocial Welfare Functionは存在しないと主張することになる。
・(Condition P)
Social Welfare Function が全会一致性を満たすとは、任意の選択肢
、任意の選好プロファイル
について、すべての
において選択肢
が選択肢
よりも厳密に上に位置づけられるならば(i.e.,
)、(その選好プロファイルを
で飛ばした先の)社会の選好について
が成り立つことである。
この条件はとても理解しやすい。全員がを
より厳密に望んでいるとき、社会の選好においても
は
より厳密に望まれるべき、という条件である。「weak Pareto principle」と呼ばれることもあるためPを用いた。
次の条件はIIA(independence of irrelevant alternatives:関係ない選択肢からの独立性)と呼ばれ、非常に強い条件であるとともに、解釈が難しい。
言葉による説明としては、「社会の選好(各個人の選好をaggregateして作る選好)においてと
がどのような順序づけになるか(
、
、
のいずれになるか)は選好プロファイルにおいて各個人が
と
をどのように順序づけているかだけに依存する」となる。つまり、任意の2つの選好プロファイルに注目したときに、各個人の
と
の順序づけが2つの選好プロファイルで同じならば、どちらの選好プロファイルを
で飛ばした先の選好においても
と
の順序づけは同じになってくださいという条件である。
・(Condition IIA)
Social Welfare Function がIIAを満たすとは、任意の選択肢
、任意の選好プロファイル
に対して、
[
かつ
]
ならば
[ かつ
]
が成り立つことである(ここで は
、
は
である)。
この条件は「全会一致性」や3つ目の条件である「非独裁者性」と比べると、「当然満たされていて欲しい」というかんじではない。この条件の解釈については込み入った話があるが今回は深い議論はせずに、「アローが集計ルールに満たしていてほしいと思った条件」と思っておく。
独立性は証明において重要な役割を担うので、それが何を要求しているかについてのイメージはもう少し掴んでおく。下図の左側の選好プロファイルが与えられたとする(図において各個人の選好に本来付けるべき下付き文字は省略している)。ここから何かしら社会の選好を作りたい。つまり、社会のところにある3つの枠をどうするか決めたい。その際に独立性がいっているのは、社会の赤枠のところを決める時には選好プロファイルの赤枠の情報だけを見ましょう、社会さんの青枠のところを決める時には選好プロファイルの青枠の情報だけを見ましょう、緑枠のところを決める時には緑枠の情報だけを見ましょう、ということである。その情報だけが効いてくることを独立性は要求する。

ーーーー
・(Condition D)
Social Welfare Function が非独裁者性を満たすとは、以下の条件が成り立たないことである。ある個人
が存在して、任意の
、任意の
に対して、
ならば
が成り立つ。*2
注目している においてこのような個人
が存在するとき
を独裁者(
における独裁者)と呼ぶ。つまり条件Dは、独裁者(Dictator)は存在しないでくださいという条件である。
独裁者の意味を明確にしておく。例えば、いま注目している において
さんが独裁者であるとき、
さんの選好が
であるような任意の選好プロファイルに対しては、社会の選好も
となる。同様に、
さんの選好が
であるような任意の選好プロファイルに対しては、社会の選好も
となる。
ただし、1さんが独裁者になっているからといって、例えばさんの選好が
であるような選好プロファイルについては
で飛ばした先の選好は必ずしも
である必要はない(仮に弱選好を使って非独裁者性を定義したならそこまで求められる)。
また、定義の「任意のに対して」の部分を「任意の
に対して」としても条件としては同値であることに注意(この点は証明において重要になる)。*3
アローの不可能性定理の主張
以上の準備のもとで、アローの不可能性定理は、次のようになる。
アローの不可能性定理
条件P、IIA、Dを同時に満たすSocial Welfare Function は存在しない。*4
証明の大枠は背理法で、そのようなが存在すると仮定したときに、その
のもとで独裁者が出てきてしまうことを示すことになる。
Extremal Lemmaの主張
今回の証明において鍵となる補題は、「Extremal Lemma」と呼ばれる。この補題を先に証明した上で本丸の証明に入っていく。まずは主張を見てみる。
Extremal Lemmaが条件Pと条件IIA(全会一致性と独立性)を満たすとする。そして、任意の選択肢
に注目する。このとき、全員が
を一番下か一番上に順序づけている任意の選好プロファイルについて、それを
で飛ばした先の選好においても
は一番下か一番上に順序づけられる。
ただし、半分の人がを一番上に半分の人が
を一番下に順序づけている選好プロファイルなども「全員が
を一番下か一番上に順序づけている任意の選好プロファイル」に含まれる。また、「一番下」「一番上」と書く場合はいつも「厳密に一番下」「厳密に一番上」という意味である。
手始めに、全員がを厳密に一番上に位置付けている選好プロファイルを考える。すなわち、すべての
とすべての
について、
となっている選好プロファイルを考える。これは次のように図で表すことができる(ただし、各列が個人の選好を表し、左から
さん、
さん、、、
さんの選好。この場合は
。なお、ある選択肢が他の選択肢よりも上に位置しているとき、上に位置する選択肢は厳密に望ましいと解釈される)。

図のように全員の選好においてが一番上に位置しているとき、条件
から社会の選好においても
が厳密に一番上に位置することになる。このことを確かめるには、任意の
以外の選択肢
に注目してみると、いま考えている選好プロファイルにおいてはすべての個人が
を
より厳密に望んでいる(厳密に上に順序づけている)ため条件
から社会の選好においても
は
より厳密に望まれる。よって社会の選好において
が厳密に一番上に位置することになる。
同様に全員についてが一番下になっている選好プロファイルについても、
で飛ばした先の選好において
は一番下にくるため、「社会の選好において
が一番下か一番上にくる」という条件は満たされると分かる。
このつのケースについては当たり前である。Extremal Lemmaが主張しているのは、この
つのケースに限らず、以下のようなケース:半分の人が
を一番下、半分の人が
を一番上に順序づけている選好プロファイルについても、それを飛ばした先の選好において、
がPとIIAを満たすとき、
は必ず一番下か一番上になっていていることである。

なお、ここまでの図において、誰の選好においても無差別はないような表記になっているが(どの人の選好についてもと
つの・が同列になることなく上から綺麗に並んでいるが)、これは図の見やすさのためであり、実際には
以外の選択肢については無差別があっても構わない。
Extremal Lemmaの証明
Extremal Lemmaが条件Pと条件IIA(全会一致性と独立性)を満たすとする。そして、任意の選択肢
に注目する。このとき、全員が
を一番下か一番上に順序づけている任意の選好プロファイルについて、それを
で飛ばした先の選好においても
は一番下か一番上に順序づけられる。
証明
背理法で示す。ある選択肢とある選好プロファイル
が存在して、その選好プロファイルにおいて
はすべての個人に一番下か一番上に順序づけられているが、それを飛ばした先の選好では一番上にも一番下にも順序づけられていないと仮定する。
このとき、ある選択肢が存在して、
が成り立つ(なぜなら、もしそのような
が存在しないのであれば
は他のすべての選択肢より厳密に望ましくなってしまい、もしそのような
が存在しないのであれば
は他のすべての選択肢より厳密に望ましくなってしまう)。
そして、このと
は別の選択肢であると考えてよい(上で取った
と
が同じである場合には、違う
つの選択肢を取り直せば良い)。*5
ここまでで、あるが存在して、社会の選好
において、
となることが分かった。
ここから話が変わって、いま固定している選好プロファイルを元にして新しい選好プロファイルを作る。そして最終的には今から作る選好プロファイルをで飛ばした先の選好において矛盾が導かれることになる。
どのように新しい選好プロファイルを作るかであるが、背理法の仮定のところで固定した選好プロファイルに対して、「を
以上に順序づけている個人の選好」のみに修正を加える。具体的には、
を
の
つ上に持ってくる(他の選択肢はいじらない)。
例えば、固定した選好プロファイルが下図のようになっていたとしたら、
(元の選好プロファイル)

さんの選好、
さんの選好、
さんの選好において
を
の一個上に持ってくる。

すると新しい選好プロファイルは次のようになる。
(新しい選好プロファイル)

次図を見ると新しい選好プロファイルの作り方のイメージが湧くかもしれない。
このように新しい選好プロファイルを作ると、新しい選好プロファイルにおいてはは常に
よりも厳密に上に位置づけられているので、条件Pより新しい選好プロファイルを
で飛ばした先の選好においては、
となる。また、
と
の位置関係と、
と
の位置関係は最初に取ってきた選好プロファイルと新しく作った選好プロファイルでどの個人においても変わらないため(
が一番下か一番上にあることが効いてきている)、独立性より、新しい選好プロファイルを
で飛ばした先においても
と
が成り立つ。*6よって、新しい選好プロファイルを飛ばした先において
が成り立つことになる。しかしこれは先程の
と矛盾。
これでExtremal Lemmaが示された。
証明のポイントだったのはが一番下か一番上に位置していることで
を
の上に持ってきたところで、
と
の位置関係、
と
の位置関係は変わらなかった点である。それぞれの個人における
と
の位置関係に注目して下図を見て頂きたい。次に、
と
の位置関係に注目して下図を見て頂きたい。

仮に図のさんの選好において
が
と
の間にあったら
を
の上に持っていくと
と
の位置関係は変わってしまう。
このように、元のプロファイルから独立性を使える形で新しい選好プロファイルを作ったことで、新しい選好をで飛ばした先について色々言えて(元の選好プロファイルにおいて成り立っていた
と
が新しい選好プロファイルを飛ばした先でも成り立つと言うことができて)矛盾を導けた。
このロジックを理解できているかを確認するには、「を
の
個上に持ってくる」という箇所において「
個上」という部分が大事か考えてみると良い。結論としては、その部分は大事ではなく、一番上にある
に届かない範囲ならどのように
を
の上に持ってきても問題ない。このように新しい選好プロファイルを作ったときにも先ほどのロジックが成り立つことを確認してみてください。

・証明中の表記について。Lemmaの証明において、元の選好プロファイルを飛ばした先の選好についてものように書いて、それとは別の選好プロファイルを飛ばした先の選好についても
のように書きました。本来これらは同じ記号で書かずに、他の箇所でやったように
と
など使い分けるべきである。表記の煩雑さを抑えるため、「元の選好プロファイルを
で飛ばした先において」などの言葉を補うことで簡略化している。
不可能性定理の証明
ここまでをまとめると、最初にや
の定義を与えた上で、
に関する3つの条件(P、IIA、D)を定式化した。そして、アローの不可能性定理の主張が、「それら3つの条件を満たす
は存在しない」であることを見た。その証明は背理法で行われることになるが、その途中で使うと補題であるExtremal Lemmaを先に証明しておいた。これから本丸の証明である。
証明のイメージとしては、アローの不可能性定理の他の証明でも基本的に同じであるが、まず「独裁者のような人」が存在することを示す。そして後に、その人が「独裁者」になることを示す。実際にはもう少し複雑ではなるが、この視点で捉えると他の証明も統一的に理解しやすい。*7
アローの不可能性定理
条件P、IIA、Dを同時に満たすSocial Welfare Function は存在しない。
証明
背理法で示すために、3つの条件を満たすSocial Welafare Function が存在すると仮定する。この
についてこれから見ていくことになる。
STEP1
任意にを固定する。
ここで少しアクロバティックなことをする。まず、「全員にとってが一番下に位置する選好プロファイル」を任意に取ってきて固定する。当然、この選好プロファイルを
で飛ばした先の選好においても
は一番下にくる(条件P)。

ここで、1さんから順にを一番下から一番上に移動させていく。

この操作をさんまで進めていくことを考えると、どこかのタイミングでその選好プロファイルを飛ばした先において
が一番下以外にくることになる(nさんまでこの作業を繰り返せば確実に
が社会の選好において一番上にくるので、そのような個人が存在しないことはない)。
さんの選好において
を動かしたタイミングでは
は社会の選好においてまだ一番下かもしれない。
さんの選好で動かした後においてもそうかもしれない。でも、誰かしらの
さんを動かした後には「飛ばした先において
が一番下にくる」という性質は外れるので、最初にその性質を外してくれた個人を
で表す。
さんの選好を動かす前の選好プロファイルをIとして、
さんの選好を動かした後の選好プロファイルをIIとする。
(選好プロファイルI)

(選好プロファイルII)

選好プロファイルIについてはの選び方より、それを
で飛ばした先において
は一番下に位置付けられる。対して、選好プロファイルIIについては
の選び方より、それを飛ばした先において
は一番下に位置付けられることはない。それどころか一番上に位置付けられることがExtremal Lemmaからいえる(これを言いたいからExtremal Lemmaを準備した)。
なぜなら、選好プロファイルIIにおいてはすべての個人にとって一番下か一番上に位置付けられているからである。よってExtremal Lemmaより飛ばした先において
は一番下か一番上に位置付けられることがなるが、
さんの見つけ方より
は一番下に位置付けられることはないと分かっているので、
は一番上に位置付けられる。
は、選好プロファイルIを飛ばした先においては一番下、選好プロファイルIIを飛ばした先においては一番下に位置付けられるわけだ。ここで注目すべきは選好プロファイルIとIIにおいて選好が異なる個人は
しかいないことである。
つまり、他の人の選好をIやIIにおける選好で固定したときに、さんは
を一番下に持ってくることで社会の選好においても
を一番下に持ってくることができ、
を一番上に持ってくることで社会の選好においても
を一番上に持ってくることができる。
STEP1はここまで。我々はさんという「ある選好プロファイルが存在して、他の人の選好をそこから動かさないで自分の選好だけ変えることで、
を社会において一番上にも一番下にもできる」という条件を満たす人を見つけてきた。
さんはほんの少しだけ独裁者のようである。続くSTEP2ではこの
さんはかなり独裁者っぽいといえることを示す(そしてSTEP3でSTEP2で捉えられなかった部分を捉えて証明は終わる)。
選好プロファイルIとIIがそれぞれどのようなものであったかを覚えておきながら(図を覚えておきながら)、次のステップに進む。
STEP2ではない任意の
つの選択肢
(ただし
)について考える。これから示すのは「
さんが
を
よりも厳密に望んでいる選好プロファイルについて、それを
で飛ばした先の選好についても
は
より厳密に望まれる」ことである。
これを示すために選好プロファイルIIから新しい選好プロファイルを作る。
選好プロファイルIIのさんの選好において、一番上に位置している
の上に
を持ってくる(mさんの選好に加える変更はこれだけである)。次に他の人の選好については選好プロファイルIIからは
の位置は変えずに後は自由に並べてしまう。そしてこれを選好プロファイルIIIと呼ぶ。
より正確な表現をすると、「さんの選好については選好プロファイルIIと同じだが
を一番上に持ってきているところだけ違う、かつ、他の人の選好については
の位置だけ選好プロファイルIIと同じである」ような任意の選好プロファイルを固定して、それを選好プロファイルIIIと呼ぶ。
選好プロファイルIIIを飛ばした先において、が成り立ち、また
も成り立つ。なぜ
が成り立つかというと、これは選好プロファイルIIIにおける
と
の各個人における比較が選好プロファイルIにおける比較と同じだからである。
については選好プロファイルIIと各個人における比較が同じであるからである。よって、選好プロファイルIIIを
で飛ばした先において
が成り立つ(
、
より)。
選好プロファイルIIIを飛ばした先においてが成り立つと分かったことはかなり嬉しい。なぜならこれがいえた時点でSTEP2の証明は終わっているからである。
ここで選好プロファイルIIIを作るときに、さん以外の人の選好における
と
の比較は任意だったことを思い出すのが重要になる。
Step2で欲しかったのは、「 を満たす任意の選好プロファイルに関してそれを
で飛ばした先の選好について
が成り立つこと」である。
しかし、実際には を満たす選好プロファイルをすべて考慮する必要はない。なぜなら
が独立性を満たすことより、各個人について
と
の比較がどうなっているとか他の全然関係ない選択肢同士の比較がどうなっているとかは
が実現するかに影響しないからである。
すなわち、欲しい結果が成り立っていることを示すには、さんは
、
さんは
、
、
さんは
である選好プロファイルを
つ持ってきて、それについて
で飛ばすと
になることを示す。
さんは
、
さんは
、
、
さんは
である選好プロファイルを
つ持ってきて、それについて
で飛ばすと
になることを示す。
・・・・
のように、さんについては
のパターンだけでいいが、他の人については全パターンの組み合わせについて上のことを示せば良い。各組み合わせについて「
つ持ってきたときに」で良いのは独立性により、その
つについて
だと示されれば他についても
になることが保証されるからである。
このことを確認すると、任意に作った選好プロファイルIIIについてと言えているので欲しい結果が手に入っていることは明らかである(選好プロファイルIIIを作るときに
さん以外の人における
と
の比較は任意であったこと、
さんにおいては
であったことをおさえる)。
STEP3
STEP2で示されたこととSTEP3で示すべきことを明確にするために以下の用語の定義をしておく。個人が選択肢のペア
(ただし
)に関する独裁者であるとは、任意の選好プロファイルに対して、
ならば
が成り立つことである。ある
において、
さんが
に関する独裁者だからといって
さんは必ず
に関する独裁者であるとはいえないことに注意。*8
この用語を用いると、さんが独裁者であることは、「任意の
(ただし
)に対して
さんが
に関する独裁者であること」と表現できる。
STEP2で示したのは、任意の(ただし
)に対して、
さんは
に関する独裁者であることである。
ということでSTEP3で示すべきは、「任意のではない選択肢
に対して、
さんは
に関する独裁者である」、かつ、「任意の
ではない選択肢
に対して
さんは
に関する独裁者である」が成り立つことである。
まずは任意のではない選択肢
を固定する。これに対して、「
さんは
に関する独裁者である」と「
さんは
に関する独裁者である」が成り立つことを示せば良い。
そのために、ちょっと上手いことをやる。我々はSTEP1においてを固定した上で
さんを見つけたが、そのときに
(ただし
でも
でもない)を固定したとしたら別の
さんを見つけていたはずである。そしてそのままSTEP2に進んでいたら
さんは
に関する独裁者、
に関する独裁者であることが示されたはずである。
このようなさんが実は
さんと一致することを示せれば
さんは
に関する独裁者、
に関する独裁者であることになり、
さんは晴れて独裁者となり話は終わるが、実はこの一致は簡単に分かる。仮に
さんと
さんは異なる個人だとしてみる。
さんは
、
に関する独裁者であるが、
さんは選好プロファイルIIに他の人の選好を固定したときに、自分の選好において
を一番上に持ってくるか一番下に持ってくるかで社会における
と
の比較を
にするか
にするかを決めることができた。しかし選好プロファイルIIにおいて
さんは
と
について無差別ではないことは保証されているため、
さんの選好を固定したときに
さんが自由に
にするか
にするかを決めれるのはおかしい(
さんが
、
に関する独裁者であることに矛盾する)。
以上により、さんはしっかりと独裁者であることが示された。STEP1で
さんを見つけてきた時点では、「
さんはほんの少し独裁者みたいな性質を持っているな」程度であったが、STEP2、STEP3と進むことで
さんはちゃんと独裁者だと分かった。そしてこれは
が条件Dを満たすことに矛盾するため、アローの不可能性定理の証明終了である。
Fin.
また、こちらの記事に別証明がつまとめてあります:アローの定理の別証明 。
僕自身は証明をつ読むことでかなり力がついたと感じますし、その時間はとても有意義になりました。ぜひご参照ください。
最後に、この記事を読んだ上で教科書や論文に載っているアローの証明を読むときの注意点として、この記事ではSocial Welfare Function の値域を
にしているが、これを
上のbinary relation全体からなる集合にした上で
の条件として合理性を課す定式化などもある。また、
の定義域についても
ではなく
(ただし
は
の非空部分集合)とした上で、
の条件として
を課す定式化もあるので注意してください。
*1:用語について。この証明においてはあまり問題にならないが(したがってそこまで厳密に使わないかもしれないが)、「選好プロファイル」と言ったら、それを構成する選好は全て合理的であるとする。選好を個並べたからといってその中に合理的でないものが混じっていたらそれは「選好プロファイル」と呼ばないことにする。
*2:丁寧に書く。「 ならば
」の部分は、「その選好プロファイルが
を満たすならば、その選好プロファイルを
で飛ばした先において
となる」と書ける。
*3:補足する。論理記号「ならば()」の使い方を確認すると「任意の
に対して」としても条件としては同値であることが分かる。同じ選択肢
については「ならば」の前の部分が成り立たないからである。これで説明を終わりにして良いが、もっと丁寧にいえば、この注釈でやろうとしているのは条件Dとは別の条件D'(ただし条件Dと同じだが唯一違うのは「任意の
に対して」になっているところ)を定式化した上で、「任意の
について
がDを満たす
がD'が成り立つ」がなぜ成り立つかの説明である(これが本文中の「条件として同値」の意味である)。DからD'がimplyされるのは明らかだがD'からDがimplyされるのを示すときに論理記号「ならば」の細かい話が重要になってくる。
*4:丁寧に書く。全てのSocial Welfare Functionからなる集合をで表すと、アローの不可能性定理の主張は、
[ there exists
such that
satisfies P,IIA and D ]と書ける。
*5:実際に示しておく。と
が同じ選択肢であるとする。このとき表記を
で統一する。すると、
かつ
が成り立っていると分かる。ここで
であるため
以外の選択肢
を考えることができる。この
について完備性より
または
が成り立つ(両方が成り立つこともある)。
については成り立っている方(両方成り立っているならどちらでも良い)を採用してあげて、
についてはそれとは逆の方のみを採用してあげれば、上手く取り直しが成立することが分かる。
*6:表記について。ここだけではないが良い場所がなかったのでここで指摘しておく。例えば「選好プロファイルを
で飛ばした先において
が成り立つ」のような表現が出てきたとき、これは丁寧に書くと次のようになる:[
]
[
]。これが分かっていると今回丁寧に書かなかった表記のほぼ全ては自身で補えると思う。
*7:ただし、「独裁者のような人」と言ったときにそれがどういう意味(どの程度強い意味)であるかは証明によって異なる。
*8:例を出す。としてどんな選好プロファイルに対しても
を対応させる
について考える。このとき、全ての個人は
に関する独裁者になるが、
に関する独裁者にはならない。