規範的な議論の2つの枠組み

*この記事は社会的選択理論の基本的な知識を前提にします(今回関連してくるのはutilitarianismとアローの不可能性定理あたりです)。今回は枠組み間の整理を行うのでいつもより前提知識は必要かもしれないです。

 

今回関係を明らかにしたい2つの枠組み

 

社会的選択理論における規範的な議論の枠組みとして、アローの不可能性定理で扱われる次の枠組みは有名です(ラフな定式化)。

 

枠組み1

 

個人の集合としてN=\{1,...,n\}、選択肢の集合としてXを考える(ただしXの要素は3つ以上)。X上の選好(注意:「選好」という言葉にすでに完備性と推移性は課している)全体からなる集合を\mathcal{R}とする。そして関数F:\mathcal{R}^n\rightarrow \mathcal{R}を考える。

 

議論の対象:関数F:\mathcal{R}^n\rightarrow \mathcal{R}

 

この枠組みにおいて議論の対象になるのはFunctionであり、それは例えば(n=3X=\{a,b,c\}であれば)、「1さんの選好がa\succ_1 b \succ_1 cであり,...,3さんの選好がa\sim_3 c \succ_3 bであるような選好プロファイル」のときに社会さんの選好として何を採用するかについて判断するものです(実際には任意の選好プロファイルについてそのような判断をしてくれます)。

しかし、このブログにおける他の記事では、規範的な議論をする際にこれとは異なる次のような枠組みを紹介しました。

 

枠組み2

個人の集合としてN=\{1,...,n\}を考え、ベクトル(u_1,...,u_n)\in \mathbb{R}^niさんのutilityの水準がu_iである社会状態と解釈する(utility functionのプロファイルではないことに注意)。そして、そのようなベクトル全体からなる集合である\mathbb{R}^n上の(Social) Orderingについて考える。

 

議論の対象:\mathbb{R}^n上のOrdering

 

この枠組みにおいて議論の対象となるのはOrderingであり、それは例えば(n=3であれば)(1,4,1)(4,4,-1)のどちらが社会的に望ましいかなどについて判断します(実際には任意の2つの効用水準プロファイルについてそのような判断をしてくれます)。

2つの枠組みを見比べてみると、

そもそもOrderingFunctionなので考えているものが違う。また、枠組み2の方では選択肢の集合が出てくるが枠組み1の方では出てこない。

などの違いがあります。

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2つの枠組みについて「違う枠組みだよね」と受け入れてしまうのでも教科書を読む分にはあまり困らないかもしれませんが、せっかくなので2つの枠組みの関係をスッキリ理解したくなります。

そこでこの記事では、Handbook of Social Choice and Welfare Chapter11: Utilitarianism and the Theory of Justiceを参考にしながら(ただし表記はそれなりに変えています。例えば上のアローの枠組みのところを見ても分かる通りDomainを制約しないUDの条件などは定義の時点で入れてしまっています)、社会的選択理論における規範的な議論をする際によく出てくる上の2つの枠組みの関係を説明します。

先に全体像を示すと、アローの枠組みである枠組み1においては使える情報が「選好」という粗い情報なので、それを情報のrichnessの観点から一般化した、枠組み0(この枠組みにおいても考える対象は関数)をまずは考える。そして、そこで関数にいくつかの条件を課すと話が枠組み2に落ちてくるというかんじです。つまり枠組み1をある観点から広げて他の観点から絞ってあげると枠組み2にたどり着きます。

 

広い状況を扱える枠組み0

 

枠組み1においては個人の「選好」の情報をinputにしていますが、これは情報としてはrichであるとはいえません。選好プロファイルが与えられたときに、1さんのxにおける嬉しさと2さんのxにおける嬉しさを比較することはできませんし、また例えば1さんという個人に注目したときに、1さんはxよりyを少しだけ望ましく思っており、とても望ましいと思っているわけではないなどの判断ができるものではありません。

そこでもう少しrichな情報も扱える枠組み0を考えてみます。

 

枠組み0

 

個人の集合N=\{1,..,n\}、選択肢の集合X(ただしXの要素は3つ以上)とする。U_i:X\rightarrow \mathbb{R}iさんの効用関数として、U_iは各選択肢x\in Xについてその選択肢におけるiさんの嬉しさの水準を割り当てる。ただしここでいう「効用関数」がどのくらいrichな情報を持っているかはあえて決めておかない(したがってこの時点ではちょっとふわふわしており、単純に選好を表現するだけのものかもしれないしそれ以上やそれ以下の情報を持つものかもしれない)。効用関数全体からなる集合を\mathcal{U}で表す。

 

議論の対象: 関数F:\mathcal{U}^n \rightarrow \mathcal{R}



今回考えているFRangeについては枠組み1と同じです。Domainについて効用関数のプロファイル全体からなる集合になっており枠組み1とは異なっており、枠組み1においては各選好プロファイルについて社会さんの選好をどうしたら良いかを指定すれば良かったですが、今回は効用関数プロファイルごとに社会さんの選好を指定しなければいけません(枠組み1と比べるとDomainはとても広いかんじになっています)。これが枠組み0です。

 

枠組み1と枠組み0の関係

枠組み0Fに次の条件を課すと、枠組み0は枠組み1実質的に同じになります。

 

情報構造A(序数・個人間比較不可能)

任意の効用関数プロファイルU,V\in \mathcal{U}について、

あるn個の増加関数\phi_1:\mathbb{R}\rightarrow \mathbb{R},...,\phi_n:\mathbb{R}\rightarrow \mathbb{R}が存在して、任意のi\in NについてU_i(x)=\phi_i(V_i(x)) \forall x\in Xならば

F(U)=F(V)が成り立つ。


この条件はFの動きを制限しています。Fの定義の時点ではFは各効用関数プロファイルについて自由に\mathcal{R}の要素を割り当てることができましたが、情報構造Aは2つの効用関数プロファイルU=(U_1,..,U_n),V=(V_1,...,V_n)\in \mathcal{U}^nが特定の条件を満たす場合には割り当てる社会の選好を同じするように要求します。

増加関数のところの式は何をいっているかというと、説明を簡単にするためにn=2X=\{a,b\}とした上でU_i=(U_i(a),U_i(b))=(4,5)のように効用関数をベクトルで表すことにして、効用関数プロファイルU=(\ (5,2),(3,4)\ )と、V=(\ (10,1),(1,5)\ )を考えます。この2つのプロファイルは違うものではあるのですが(割り当てている値は異なるのですが)、各個人についての「選好の情報(どの選択肢がどの選択肢より望ましいかの情報)」は同じです。条件を満たす増加関数が存在することをU,Vの選好についての情報が同じことを示しており、そのような場合には割り当てる社会の選好は同じにすることを要求しているわけです。

「情報構造A(序数的・個人間比較不可能)」と書いているのは情報構造Aの条件を課すというのは効用関数を序数的であり個人間比較不可能なものと捉えることに対応しているからです。そしてこれが枠組み1と同じ話になるのは厳密には示しませんが感覚的に見て取れるのではないかと思います。

枠組み0において情報構造Aを課すと枠組み1と実質的に同じになりますが、枠組み0において違う情報構造の条件を課すと枠組み1では扱えなかった状況も扱うことができます。

例えば効用関数を序数的ではあるが個人間比較可能であるものとして捉えることに対応する情報構造として次の条件を考えることができます。

 

情報構造B(序数・個人間比較可能)

任意の効用関数プロファイルU,V\in \mathcal{U}について、

ある増加関数\phi:\mathbb{R}\rightarrow \mathbb{R}が存在して、任意のi\in NについてU_i(x)=\phi(V_i(x)) \forall x\in Xならば

F(U)=F(V)が成り立つ。


増加関数をかませても同じものとして扱うことを要求している箇所が効用関数を序数的なものとして捉えることに対応しており、その増加関数が個人で同じある場合に限る点が個人間比較可能であることに対応しています。

例えば他にも以下のような情報構造を考えることができます。

 

情報構造C(基数・個人間比較不可能)

任意の効用関数プロファイルU,V\in \mathcal{U}について、

あるa_1,..,a_n\in \mathbb{R}_{++}b_1,...,b_n\in \mathbb{R}が存在して、任意のi\in NについてU_i(x)=a_iV_i(x)+b_i \forall x\in Xならば

F(U)=F(V)が成り立つ。

 

情報構造D(基数・個人間比較可能)

任意の効用関数プロファイルU,V\in \mathcal{U}について、

あるa\in \mathbb{R}_{++}b\in \mathbb{R}が存在して、任意のi\in NについてU_i(x)=aV(x)+b \forall x\in Xならば

F(U)=F(V)が成り立つ。


monotonic transformation
ではなくて正のaffine transformationになっている点が効用関数を序数的ではなく基数的に捉えていることに対応しています。

情報構造A,B,C,Dを考えましたが、これらはどれも「効用関数をどのような情報を持つものとして捉えるか」をFについての制約で表していると見ることができます。Fの定義の時点ではあえてその意味合いをゆるいかんじにしておき、あとからその意味合いを制約として表すことで社会さんの選好を作るときに活用する情報のrich度合いについて色々なものを考えることができるわけです。

まとめると、枠組み1と枠組み0の関係は下図のようになります。*1

 

枠組み2と枠組み0の関係

次に枠組み0と枠組み2の関係ですが、枠組み0におけるFPIBIという条件を課すと枠組み2と実質的に同じになります(なお枠組み0において課す情報構造はなんでも良いです。正確にいうと枠組み0を枠組み2に落とすときに、枠組み0でかかっていた情報制約に対応する情報制約が枠組み2Orderingに課されることになりますが、枠組み0を枠組み2に落とせるかの議論において枠組み0においてどの情報制約を採用しているかは重要ではないのでここではあまり気にしないというかんじです)。では2つの条件について見てみます。

PI(Pareto Indifference

任意の x,y \in Xと任意のU\in \mathcal{U}^nについて、

任意のi\in NについてU_i(x)=U_i(y)ならば

社会さんの選好F(U)においてx,yは無差別である。*2


この条件は課す意味があるのだろうかと感じるかもしれませんが、枠組み0の時点では、どんな効用関数プロファイルについても社会さんの選好としてxを一番望ましいとするものを割り当てるようなFなども除外されてはいません。このような選択肢の名前によって贔屓をするようなことが考えられるわけで、PIはそのような可能性を完全にではないですが局所的に取り除いています。

次の条件BIは、社会さんの選好におけるx,yの比較を考える際に効用関数プロファイルにおける他の選択肢の部分は必要なくxyの部分だけに注目すればよいことを要求します。

 

BI(Binary Independence of Irrelevant Alternatives)

任意のx,yと任意のU,V\in \mathcal{U}^nについて、

任意のi\in NについてU_i(x)=V_i(x)かつU_i(y)=V_i(y)ならば

(x,y)\in F(U) \Leftrightarrow (x,y)\in F(V)である。


BI
の細かい説明は省きますが、PIは1つの効用関数プロファイルに注目したときにそのプロファイルがある条件を満たしていたらこうなっていてねということを要求する構造ですが、BIについては2つの効用プロファイルに注目してそれらがある条件を満たしていたらこうなっていてねと整合性を要求する構造になっています。

Fについてこの2つの条件を課すと、枠組み0を枠組み2に落とすことができます。

 

Theorem1

枠組み0におけるFについて次の2つは同値である。

(i)FPIBIを満たす。

(ii)\mathbb{R}^n上のOrdering\succeq^*が存在して、任意のx,y\in Xと任意のU\in \mathcal{U}^nについて(x,y)\in F(U) \Leftrightarrow  (x,y) \in\succeq^*


要はFPIBIを満たすのであれば\mathbb{R}^n上のOrderingというシンプルなものを考えればよくなるということです。

具体的には例えばFとして任意のx,yについて効用の合計で社会さんの選好における比較を決めるものを考えると、それに対応する\mathbb{R}^n上のOrderingは任意のu,v\in \mathbb{R}^nについて合計で比較するものになります。ただしFとして社会さんの選好のx,yの比較には効用水準の合計を用いるがz,wの比較には違うものを用いるようなものを考えると、それに対応するOrderingはないわけです。

まとめると、枠組み0FPIBIの条件を課すとFについて考えることは枠組み2Orderingについて考えることは実質的に同じわけです。

 

最後に

以上のように、アローの不可能性定理の枠組みと\mathbb{R}^n上のOrderingを考えるような枠組みは一見異なるように見えましたが、繋がっていることが分かりました。最後に包括的な図を載せておきます。


この記事を書くことを通して僕自身規範的な内容についての全体像がかなり整理されました(結構スッキリ!)。とはいえ、今回の2つ以外にも規範的な内容について扱う違う枠組みもあるので将来的にはそれも含めた整理もできたらと思います。

 

Fin.*3

*1:ただしここでの「一般化」は、枠組み0は情報構造の選び方しだいでは枠組み1と実質的に同じ枠組みにもなれるし枠組み1では対応できないものを扱うこともできるという意味です。

*2:つまり、(x,y)\in F(U)かつ(y,x) \in F(U)

*3:枠組み1から枠組み0は一般化としていますが、全ての選好が効用関数で表現されるわけではないので、正確にいうと一般化であるというためには効用関数によって表現される選好に限る必要があります。