*この記事は社会的選択理論の基本的な知識を前提にします(今回関連してくるのはutilitarianismとアローの不可能性定理あたりです)。今回は枠組み間の整理を行うのでいつもより前提知識は必要かもしれないです。
今回関係を明らかにしたい2つの枠組み
社会的選択理論における規範的な議論の枠組みとして、アローの不可能性定理で扱われる次の枠組みは有名です(ラフな定式化)。
枠組み1
個人の集合として、選択肢の集合としてを考える(ただしの要素は3つ以上)。上の選好(注意:「選好」という言葉にすでに完備性と推移性は課している)全体からなる集合をとする。そして関数を考える。
議論の対象:関数
この枠組みにおいて議論の対象になるのはFunctionであり、それは例えば(、であれば)、「さんの選好がであり,...,さんの選好がであるような選好プロファイル」のときに社会さんの選好として何を採用するかについて判断するものです(実際には任意の選好プロファイルについてそのような判断をしてくれます)。
しかし、このブログにおける他の記事では、規範的な議論をする際にこれとは異なる次のような枠組みを紹介しました。
枠組み2
個人の集合としてを考え、ベクトルをさんのutilityの水準がである社会状態と解釈する(utility functionのプロファイルではないことに注意)。そして、そのようなベクトル全体からなる集合である上の(Social) Orderingについて考える。
議論の対象:上のOrdering
この枠組みにおいて議論の対象となるのはOrderingであり、それは例えば(であれば)とのどちらが社会的に望ましいかなどについて判断します(実際には任意の2つの効用水準プロファイルについてそのような判断をしてくれます)。
2つの枠組みを見比べてみると、
そもそもOrderingとFunctionなので考えているものが違う。また、枠組み2の方では選択肢の集合が出てくるが枠組み1の方では出てこない。
などの違いがあります。
·
·
2つの枠組みについて「違う枠組みだよね」と受け入れてしまうのでも教科書を読む分にはあまり困らないかもしれませんが、せっかくなので2つの枠組みの関係をスッキリ理解したくなります。
そこでこの記事では、Handbook of Social Choice and Welfare のChapter11: Utilitarianism and the Theory of Justiceを参考にしながら(ただし表記はそれなりに変えています。例えば上のアローの枠組みのところを見ても分かる通りDomainを制約しないUDの条件などは定義の時点で入れてしまっています)、社会的選択理論における規範的な議論をする際によく出てくる上の2つの枠組みの関係を説明します。
先に全体像を示すと、アローの枠組みである枠組み1においては使える情報が「選好」という粗い情報なので、それを情報のrichnessの観点から一般化した、枠組み0(この枠組みにおいても考える対象は関数)をまずは考える。そして、そこで関数にいくつかの条件を課すと話が枠組み2に落ちてくるというかんじです。つまり枠組み1をある観点から広げて他の観点から絞ってあげると枠組み2にたどり着きます。
広い状況を扱える枠組み0
枠組み1においては個人の「選好」の情報をinputにしていますが、これは情報としてはrichであるとはいえません。選好プロファイルが与えられたときに、さんのにおける嬉しさとさんのにおける嬉しさを比較することはできませんし、また例えばさんという個人に注目したときに、さんはよりを少しだけ望ましく思っており、とても望ましいと思っているわけではないなどの判断ができるものではありません。
そこでもう少しrichな情報も扱える枠組み0を考えてみます。
枠組み0
個人の集合、選択肢の集合(ただしの要素は3つ以上)とする。をさんの効用関数として、は各選択肢についてその選択肢におけるさんの嬉しさの水準を割り当てる。ただしここでいう「効用関数」がどのくらいrichな情報を持っているかはあえて決めておかない(したがってこの時点ではちょっとふわふわしており、単純に選好を表現するだけのものかもしれないしそれ以上やそれ以下の情報を持つものかもしれない)。効用関数全体からなる集合をで表す。
議論の対象: 関数
今回考えているのRangeについては枠組み1と同じです。Domainについて効用関数のプロファイル全体からなる集合になっており枠組み1とは異なっており、枠組み1においては各選好プロファイルについて社会さんの選好をどうしたら良いかを指定すれば良かったですが、今回は効用関数プロファイルごとに社会さんの選好を指定しなければいけません(枠組み1と比べるとDomainはとても広いかんじになっています)。これが枠組み0です。
枠組み1と枠組み0の関係
枠組み0のに次の条件を課すと、枠組み0は枠組み1と”実質的に”同じになります。
情報構造A(序数・個人間比較不可能)
任意の効用関数プロファイルについて、
ある個の増加関数,...,が存在して、任意のについて ならば
が成り立つ。
この条件はの動きを制限しています。の定義の時点ではは各効用関数プロファイルについて自由にの要素を割り当てることができましたが、情報構造Aは2つの効用関数プロファイルが特定の条件を満たす場合には割り当てる社会の選好を同じするように要求します。
増加関数のところの式は何をいっているかというと、説明を簡単にするために、とした上でのように効用関数をベクトルで表すことにして、効用関数プロファイルと、を考えます。この2つのプロファイルは違うものではあるのですが(割り当てている値は異なるのですが)、各個人についての「選好の情報(どの選択肢がどの選択肢より望ましいかの情報)」は同じです。条件を満たす増加関数が存在することをの選好についての情報が同じことを示しており、そのような場合には割り当てる社会の選好は同じにすることを要求しているわけです。
「情報構造A(序数的・個人間比較不可能)」と書いているのは情報構造Aの条件を課すというのは効用関数を序数的であり個人間比較不可能なものと捉えることに対応しているからです。そしてこれが枠組み1と同じ話になるのは厳密には示しませんが感覚的に見て取れるのではないかと思います。
枠組み0において情報構造Aを課すと枠組み1と実質的に同じになりますが、枠組み0において違う情報構造の条件を課すと枠組み1では扱えなかった状況も扱うことができます。
例えば効用関数を序数的ではあるが個人間比較可能であるものとして捉えることに対応する情報構造として次の条件を考えることができます。
情報構造B(序数・個人間比較可能)
任意の効用関数プロファイルについて、
ある増加関数が存在して、任意のについて ならば
が成り立つ。
増加関数をかませても同じものとして扱うことを要求している箇所が”効用関数を序数的なものとして捉える”ことに対応しており、その増加関数が個人で同じある場合に限る点が”個人間比較可能”であることに対応しています。
例えば他にも以下のような情報構造を考えることができます。
情報構造C(基数・個人間比較不可能)
任意の効用関数プロファイルについて、
あるとが存在して、任意のについて ならば
が成り立つ。
情報構造D(基数・個人間比較可能)
任意の効用関数プロファイルについて、
あるとが存在して、任意のについて ならば
が成り立つ。
monotonic transformationではなくて正のaffine transformationになっている点が効用関数を序数的ではなく基数的に捉えていることに対応しています。
情報構造A,B,C,Dを考えましたが、これらはどれも「効用関数をどのような情報を持つものとして捉えるか」をについての制約で表していると見ることができます。の定義の時点ではあえてその意味合いをゆるいかんじにしておき、あとからその意味合いを制約として表すことで社会さんの選好を作るときに活用する情報のrich度合いについて色々なものを考えることができるわけです。
まとめると、枠組み1と枠組み0の関係は下図のようになります。*1
枠組み2と枠組み0の関係
次に枠組み0と枠組み2の関係ですが、枠組み0におけるにPIとBIという条件を課すと枠組み2と実質的に同じになります(なお枠組み0において課す情報構造はなんでも良いです。正確にいうと枠組み0を枠組み2に落とすときに、枠組み0でかかっていた情報制約に対応する情報制約が枠組み2のOrderingに課されることになりますが、枠組み0を枠組み2に落とせるかの議論において枠組み0においてどの情報制約を採用しているかは重要ではないのでここではあまり気にしないというかんじです)。では2つの条件について見てみます。
PI(Pareto Indifference)
任意の と任意のについて、
任意のについてならば
社会さんの選好においては無差別である。*2
この条件は課す意味があるのだろうかと感じるかもしれませんが、枠組み0の時点では、どんな効用関数プロファイルについても社会さんの選好としてを一番望ましいとするものを割り当てるようななども除外されてはいません。このような選択肢の名前によって贔屓をするようなことが考えられるわけで、PIはそのような可能性を完全にではないですが局所的に取り除いています。
次の条件BIは、社会さんの選好におけるの比較を考える際に効用関数プロファイルにおける他の選択肢の部分は必要なくとの部分だけに注目すればよいことを要求します。
BI(Binary Independence of Irrelevant Alternatives)
任意のと任意のについて、
任意のについてかつならば
である。
BIの細かい説明は省きますが、PIは1つの効用関数プロファイルに注目したときにそのプロファイルがある条件を満たしていたらこうなっていてねということを要求する構造ですが、BIについては2つの効用プロファイルに注目してそれらがある条件を満たしていたらこうなっていてねと整合性を要求する構造になっています。
についてこの2つの条件を課すと、枠組み0を枠組み2に落とすことができます。
Theorem1
枠組み0におけるについて次の2つは同値である。
(i)FはPIとBIを満たす。(ii)上のOrderingが存在して、任意のと任意のについて 。
要はがPIをBIを満たすのであれば上のOrderingというシンプルなものを考えればよくなるということです。
具体的には例えばとして任意のについて効用の合計で社会さんの選好における比較を決めるものを考えると、それに対応する上のOrderingは任意のについて合計で比較するものになります。ただしとして社会さんの選好のの比較には効用水準の合計を用いるがの比較には違うものを用いるようなものを考えると、それに対応するOrderingはないわけです。
まとめると、枠組み0のにPIとBIの条件を課すとについて考えることは枠組み2のOrderingについて考えることは実質的に同じわけです。
最後に
以上のように、アローの不可能性定理の枠組みと上のOrderingを考えるような枠組みは一見異なるように見えましたが、繋がっていることが分かりました。最後に包括的な図を載せておきます。
この記事を書くことを通して僕自身規範的な内容についての全体像がかなり整理されました(結構スッキリ!)。とはいえ、今回の2つ以外にも規範的な内容について扱う違う枠組みもあるので将来的にはそれも含めた整理もできたらと思います。
Fin.*3