Fair Allocation Ruleの領域の色々な公平性の概念(前半)

 

William Thomson先生の「Fair Allocation Rules」(Handbook of SCW, chap21)を参照しながら、envy-freeを中心にいくつかの公平性の概念についてまとめてみようと思います。中級レベルのミクロ経済学の知識を前提にします。



今回考える「経済」について

今回は次のような経済を考えます。

N=\{1,…,n\}を個人の集合とする。

k個のいくらでも分割できる財があり、各個人i\in N\mathbb{R}_+^k上に選好R_iを持っている(完備性、推移性、連続性を満たす。またstrictly monotonicでありconvexityも満たしているとする)。P_iI_iでそれぞれR_iのAsymmetric PartとSymmetric Partを表す。R=(R_1,...,R_n)は選好プロファイルと呼ばれる。

配分x,yと選好プロファイルRが与えられたとき、任意のi\in Nについてx_i\ R_i \  y_iが成り立つことをx\ R\ yと書くことにする。x\ P\ yx\ I\ yについても同様。

\mathbb{R}_+^k上の選好全体からなる集合を\mathcal{R}とする(完備性と推移性とcontinuityを課してある。convexityとstrict monotonicityも課してしまおう)。この記事ではexistenceなどについては考えないのでどの条件を課すかについてはあまり気にしてないです。

\Omega \in \mathbb{R}_+^{k}は社会で分配できる財の総量を表す(social endowment)。

経済とはペア(R,\Omega)=(\ (R_i)_{i\in N},\Omega)\in\ \mathcal{R}^n\ \times\ \mathbb{R}_+^{k}のことであり、経済全体からなる集合を\mathcal{E}^Nで表す。

経済e=(R,\Omega)\ \in \mathcal{E}^Nにおいて配分z=(z_1,...,z_n)\in \mathcal{R}_+^{kn}がfeasibleであるとは、\Sigma\ z_i\ =\Omegaが成り立つことである(strict monotonicityを仮定していることとパレート最適は重視したいことから等号で定義しておいて大きな問題はない)。Z(e)eにおけるfeasibleな配分全体からなる集合を表す。

この記事では各経済における配分の公平性しか扱わないためここまでの定義で十分ですが、各経済eZ(e)の空ではない部分集合を割り当てる関数をSolutionと呼び、それがsingle-valuedの時にRuleと呼びます。

以下で公平性の定式化を見ていく際に、Solutionに課す公平性に関するAxiomを定式化していると見ても良いし(厳密にはSolutionについてのaxiomの形にはなっていませんがそう見ることはできる)、Solutionのことは考えずに単純に経済の集合\mathcal{E}^Nがあってそれの要素である各経済eにおいて配分が満たす公平性の概念について定式化していると思っても大丈夫です。

また上の定式化の注意点として、価格理論などで出てくるように「各個人の初期保有」については考えていないです。今回は社会全体で\Omegaを保有しているイメージです。p400から引用すると"We distinguish between the problem of fairly allocating a social endowment from the problem of fairly reallocating individual endowments"です。

 


公平性の概念たち

 

参考:ed (equal division)

これは公平性の概念というより具体的な配分ですが、経済e\in \mathcal{E}^Nが与えられたとき、ed(e) で配分(\frac{\Omega}{n},...,\frac{\Omega}{n})を表す。これは単純にsocial endowmentである\Omegaを人数で均等に分けた配分で、何かと重要になってきます。

ed(e)*1は全員に完全に同じ(消費)ベクトルを割り当てておりとても公平な配分と言えそうですが、財が2つ以上のときにはパレート最適になるとは限らないという問題を抱えています。



公平性1:No-Domination by equal division

この公平性は、各個人がedと比べたときにそれより厳密に少ないベクトルを割り当てられていないことを要求します。個人同士の比較ではなく各個人の(消費)ベクトルedにおいて割り当てられるベクトルの比較です。

経済e\in \mathcal{E}^Nにおいて配分z\in\ Z(e)がNo-Domination by equal divisionを満たすとは、「ある個人i\in Nが存在して\frac{\Omega}{n}\ \gt\ z_i」が成り立たないことである。

edでのベクトルよりも厳密に小さいベクトルを割り当てられる個人がいたらさすがにその人は不公平な扱いを受けているよね、というかんじかと思います。なお、\gtは「任意の成分についてそれ以上で、少なくも1つの成分については厳密に大きい」という意味で使っています。



公平性2:equal-division lower bound

これも公平性1と同じように各個人のベクトルをedにおけるベクトルを比べますが、今回は選好の情報を使います。strict monotonicityの下では公平性2の方が公平性1よりも強いです。

経済e\in \mathcal{E}^Nにおいて配分z\in\ Z(e)がequal-division lower boundを満たすとは、z\  R\  (\frac{\Omega}{n},...,\frac{\Omega}{n})が成り立つことである。



公平性3:no-domination

この公平性は、これまでとは異なり任意の2人のベクトルを比べます。なお公平性1と同じように選好の情報は使わず物理量の比較です。

経済e\in \mathcal{E}^Nにおいて配分z\in\ Z(e)がno-dominationを満たすとは、「ある個人i,j\in Nが存在してz_i\ \gt\ z_j」が成り立たないことである。

つまり例えば、1さんのベクトルが(10,12,9)2さんのベクトルが(10,4,7)であるみたいなことが起きないことを要求しています。



公平性4 : envy free

有名なEnvy-Free(無羨望)と呼ばれる公平性です。strict monotonicityの下では公平性3よりも強いです。

経済e\in \mathcal{E}^Nにおいて配分z\in\ Z(e)がenvy-freeであるとは、任意の個人i,j\in Nについてz_i\ R_i\ z_jが成り立つことである。

他の人のベクトルの方が自分のベクトルよりその人にとって望ましいということがないことを要求しています。次のように書くこともできます。

経済e\in \mathcal{E}^Nにおいて配分z\in\ Z(e)がenvy-freeであるとは、「ある個人i,j\in Nが存在してz_j\ P_i\ z_i」が成り立たないことである。

ここまでの4つの公平性を見比べてみると、公平性1と公平性2が各人のベクトルとedでのベクトルを比べており、公平性3と公平性4は任意の2人の個人のベクトルを比べています。また公平性1と3は単純に物理的な量で比較しており公平性2と4は選好の情報も使っています。

ここから先は3つの公平性を紹介しますがそれらはいずれもenvy-freeをmodifyした概念です。



公平性5:average envy free

この公平性は各個人について、「自分が割り当てられたベクトル」と「他の人たちが割り当てられたベクトルの平均を取ったベクトル」を比較したときにenvy(羨望)がないことを要求します。なお、n=2のときにはenvy freeと一致します。

経済e\in \mathcal{E}^Nにおいて配分z\in\ Z(e)がaverage envy freeであるとは、任意の個人i\in Nについてz_i\ R_i\ \frac{1}{n-1}\Sigma_{j\ne i}\ z_jが成り立つことである。



公平性6:strict envy free

この公平性はenvy freeやaverage envy freeを強めた概念で、各個人について「自分のベクトル」と「自分以外の人全体からなる集合のどのsub groupの人たちの平均を取ったベクトル」を比較したときに自分の割り当てられたベクトルの方が良いことを要求します。

経済e\in \mathcal{E}^Nにおいて配分z\in\ Z(e)がstrict envy freeであるとは、任意の個人i\in Nと任意のN’\subseteq\ N\setminus\{i\}(ただし空ではない)についてz_i\ R_i\ \frac{1}{|N'|}\Sigma_{j\in N'}\ z_jが成り立つことである。

 

 

公平性7:balanced envy

これは羨望がまったく存在しないことを求めるのではなく、より弱い要求として、各個人について「その人が羨望している人数」と「その人を羨望している人数」が一致することを求めます。envy-freeな配分であればこの条件は当然満たされます。

経済e\in \mathcal{E}^Nにおいて配分z\in\ Z(e)がbalanced envyであるとは、任意の個人について|\ \{j\in N\ |\ z_j\ P_i\ z_i\}\ |\ =\ |\ \{j\in N\ |\ z_i\ P_j\ z_j\}\ |\ が成り立つことである。

以上です。後半はこちら

*1:以下ではed(e)を単純にedと書く。