アローの定理の別証明


この記事はExtremal Lemmaを用いて証明した:アローの不可能性定理の証明の続きです。アローのオリジナルに近い証明*1と、Strict Neutrality Lemmaを使った証明を紹介します。前者は「A Primer in Social Choice Theory」、後者はGeanakoplos(2005)を参考にしました。


なお、表記はすべて前回の記事に従います。


最初の証明

この証明は前回と順番を変えて、まず「独裁者のような人」が存在するならばその人は独裁者であることを証明する。その上で「独裁者のような人」が存在することを示す。

用語を2つ定義する。

定義

投票者の集合V(x,y)についてdecisiveであるとは、任意の選好プロファイル\piに対して、

\piにおいて\forall i\in V x\succ_i yならば

x\succ yが成り立つことである。

ここでx,y\in X \ (x\ne y)V\ne \emptyset

意味

まず、(見づらくなるので入れなかったが)定義の冒頭に「Social Welfare Function fの下で」と入れた方が意味合いがはっきりするかもしれない。

例えば\{1,2\}\subset N(x,y)についてdecisiveである(決定力を持つ)とは、1さんと2さんの両方がxyよりも厳密に望んでいるような任意の選好プロファイルについて、それを飛ばした先においてx\succ yが成り立つことである。

注意点として、V(x,y)についてdecisiveであるからといって、V(y,x)についてdecisiveであるとは限らない。これを確かめるには常にx\succ yとするようなfを考えれば良い。このfの下では任意の投票者の集合は(x,y)についてdecisiveになるが、(y,x)についてdecisiveになることはない。

次にもう少し弱い概念を用意する。

定義

投票者の集合V(x,y)についてalmost decisiveであるとは、任意の選好プロファイル\piに対して、

\piにおいて[\forall i\in V  x\succ_i y かつ \forall j\in N\setminus V  y\succ_j x]

ならば

x\succ yが成り立つことである。

ここでx,y\in X \ (x\ne y)V\ne \emptyset

意味

例えば\{1,2\}\subset N(x,y)についてalmost decisiveである(ほぼ決定力を持つ)とは、1さんと2さんの両方がxyよりも厳密に望んでいる、かつ、それ以外の人はyxより厳密に望んでいる、ような任意の選好プロファイルについて、それを飛ばした先においてx\succ yが成り立つことである。

証明に入る前にdecisiveについてさらに一点確認しておく。任意のiさんについて、iさんが独裁者であることと、\{i\}が任意のx,y\in X (x\ne y)についてdecisiveであることは同値である。*2証明においてはこの事実を使う。

証明
この証明では選択肢の数を3とする。

(STEP1)

このステップにおいて次を証明する。

「Social Welfare Function fがPとIIAを満たすと想定する。このとき、任意のiさんに対して以下が成り立つ。\{i\}がある(a,b)\in X (a\ne b)についてalmost decisiveであるならばiは独裁者である。」

これが手に入れば、独裁者が存在することを示すのに、「あるiさんが存在して、\{i\}はある(a,b)についてalmost decisiveである」を示すだけで良くなる。

 

ではこれを証明していく。

まず、任意にiさんを固定する。
そしてiさんがある(a,b)についてalmost decisiveであるとする。

また、表記の工夫として、任意のa,b\in X (a\ne b)に対して、\{i\}(a,b)についてdecisiveであることを\bar{D}(a,b)と表し、\{i\}(a,b)についてalmost decisiveであることをD(a,b)と表す。

ここでa,b以外の選択肢は残り1つだけであり、それをcで表す。

これから示せばいいのは、\bar{D}(a,b)\bar{D}(b,a)\bar{D}(b,c)\bar{D}(c,b)\bar{D}(a,c)\bar{D}(c,a)、の6つが成り立つことである。これらが示せればiさんが独裁者だと示せたことになる。

また、iさん以外の人を-iで表す。a \succ_{-i} bと書いたらそれはi以外の全員がabより厳密に望んでいることを表す。*3

我々はD(a,b)を仮定している。その上で、示すべきことを1つずつ示していく。

ーーーーーーーー
\bar{D}(a,c)を示す。

まず次図の条件を満たす選好プロファイルを任意に固定する。

f:id:KoHarada:20220226175230p:plain
すると、\{i\}(a,b)についてalmost decisiveであることから、a\succ bが従う。また条件Pよりb \succ cが従う。

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よって、推移性よりa\succ cが次が従う。

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また、iさんの選好が推移性を満たすことから、固定している選好プロファイルにおいてa \succ_i bとなっているはずである。

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ここまでで、任意のa \succ_i b  \land  b \succ_i c \land  b \succ_{-i} a  \land  b \succ_{-i} cを満たす選好プロファイルについて、a \succ_i cfで飛ばした先においてa \succ bb \succ ca \succ cが成り立つことが分かった。

これを準備として、\{i\}(a,c)についてdecisiveであることを示す。つまり、任意のa\succ_i cを満たす選好プロファイルについてa\succ cが成り立つことを示す。背理法を使い、a\succ_i cを満たすがa\succ cが成り立たない選好プロファイル\piが存在するとする。

その選好プロファイルの、各人の選好のa,cの比較以外の部分を上図のオレンジの部分に入れ替えて新しい選好プロファイル\pi'を考える。これがしっかりと「選好プロファイル」になっているかは一応確認する必要があり、これは「選好プロファイル」になる(完備性と推移性を満たす)。オレンジの部分ではない「てきとー」なものに入れ替えると「選好プロファイル」にならないことがある(例えば、オレンジの部分のiさんの選好においてabを入れ替えて、bcを入れ替えたもので入れ替えると推移性が満たされなくなってしまう)。*4

ここで独立性より、\pi'を飛ばした先と\piを飛ばした先でa,cの比較は変わらない。また、\pi'ではa\succ cが成り立つ。しかし、背理法の仮定より\piでは成り立たないので、これは矛盾である。

以上より、\bar{D}(a,c)を示すことができた。

ーーーーーーーー
\bar{D}(c,b)を示す。

上のケースと同じ手順で示せる。
今回は図は次のようになる。

f:id:KoHarada:20220226183330p:plain

今回もやっていることは全く同じである。
背理法も同じように、c\succ_i bを満たすがc\succ bが成り立たない選好プロファイル\piが存在するとする。すると矛盾が導かれる。

よって、\bar{D}(c,b)が示された。

ーーーーーーーー
残りは、\bar{D}(a,b)\bar{D}(b,a)\bar{D}(c,a)\bar{D}(b,c)であるが、実はここまでで示したことを適応するとこれらを示せる。

なお、残り4つも同じように図で示せば良さそうだが、同じように示すことはできない。というのも持っているのが(x,y)についてのalmost decisiveだけだと図の一番左はa\succ_i ba\succ_{-i} bで固定されてしまい(そうしないと(a,b)についてのalmost decisiveが使えないから)、そこまで自由に図を作ることができない。しかし、よく考えると\bar{D}(a,c)などを示したのだから、そこから(a,c)についてのalmost decisiveなどもいえて、それについて同じように図を使って考えれば示せることが分かる。

D(a,b)から、\bar{D}(a,c)\bar{D}(c,b)が示されたわけだから、ここまでの手順においてa,b,cを上手く入れ替えると、例えばD(a,c)を仮定したら、\bar{D}(a,b)\bar{D}(b,c)が示される。

これに注意して話を進める。

ここまでで\bar{D}(a,c)\bar{D}(c,b)を手に入れたわけだが、ここからD(a,c)がいえる(\bar{D}(a,c)より)。

したがって、\bar{D}(a,b)\bar{D}(b,c)が示される。

あとは、\bar{D}(b,a)\bar{D}(c,a)を示せば良いが、

\bar{D}(b,c)からD(b,c)がいえることから\bar{D}(b,a)が示せて、\bar{D}(c,b)からD(c,b)がいえることから\bar{D}(c,a)が示せる。

よってiさんは独裁者であることが示された。

以上より、\{i\}がある(a,b)についてalmost decisiveであれば、iさんは独裁者だと分かった。

(STEP2)
上の結果を使って本丸を証明していく(上の結果を参照するときはLemma1と呼ぶことにする)。背理法の仮定として、条件P,IIA,Dをすべて満たすSocial Welfare Function fが存在すると仮定する。

まず気づくべきは、いま考えているfの下で、全ての組についてdecisiveな投票者の集合が少なくとも1つは存在することである。それはNである。fが条件Pを満たすのであれば、Nは全ての選択肢のペアについてdecisiveになるし、almost decisiveにもなる。

つまり、少なくとも1つは全てのペアに対してalmost decisiveになる投票者の集合が存在する。ここで、少なくとも1つのペアに対してalmost decisiveである最小の投票者の集合を取ってくる(複数ある場合はそのうちの1つを持ってくる。なおここでの"最小"の意味は、その集合の真部分集合で何かしらのペアに対してalmost decisiveであるものが存在しないという意味である)。

これをVで表して、これは(a,b)についてalmost decisiveであるとする。このVに個人が1人しか属していない場合、これはLemma1より非独裁者に反して矛盾が生じる。したがって、Vに複数人が属しているケースを考える(このケースでも矛盾を起こしたい)。

このとき、V2つに分ける。1つはV_1でありここにはVのうち誰かしら1人が属する。もう1つはV_2でありここにはVのうち他のメンバーが全員属するとする。またVに属さない投票者全員からなる集合としてV_3も用意する。

次の選好プロファイルを考える(ca,b以外の選択肢)。

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なお、a\succ_{V_2} bV_2に属する全員がabより厳密に望んでいることを表す。

このとき、V(a,b)についてalmost decisiveであることから、a\succ bを得る。また、b\succeq cも言える(仮にc\succ bであるとすると、V_2(c,b)についてalmost decisiveになってしまい(この1つの選好プロファイルの話から(c,b)についてalmost decisiveをいえるのにはIIAが効いてくる)、これはVが最小であることに反する)。したがって、推移性(の修正バージョンより)a\succ cを得る。しかし、これではV_1(a,c)についてalmost decisiveになってしまいVが最小であることに矛盾。よって、証明終了。


これでアローのオリジナルに近い証明が終わりました。では最後の証明です。


2つ目の証明

この証明はExtremal Lemmaを使った証明と基本的には同じ手順で進んでいく。まずLemmaを証明して、その後この前とほぼ同じ手順で「独裁者のような人」を見つける。

まずはLemmaの主張を見るが、意味合いとしては「xyについての社会における比較」も「uwについての社会における比較」も同じようになされなくてはいけないと主張する。Geanakoplos(2005)の言葉を借りるなら「All binary social rankings are made the same way」となる。

Strict Neutrality Lemma
Social Welfare Function fが全会一致性と独立性を満たすとする。このとき、任意の選択肢のペア(a,b), (\alpha, \beta) \in X^2、任意の選好プロファイル \pi,\pi'に対して(ただし、a\ne b, \alpha \ne \beta。また「a=\alpha \land b=\beta 」ではない) 、

\piにおいて各個人がaを厳密にbより望んでいるかbaより厳密に望んでおり、\pi'における各個人の\alpha,\betaについての比較がそれと同じ(\piにおけるa,bの比較と同じ)ならば、

f(\pi)におけるa,bの比較と、f(\pi')における\alpha,\betaの比較は同じになる。また、その比較はStrcitになる(無差別にはならない)。

その意味

まず、独立性の条件が意味していたこととの違いに注目する。独立性がいっていたのは社会におけるx,yの比較を考えるときには各個人におけるx,yの比較の情報のみを使って、それとは異なるu,vの比較を考えるときには各個人におけるu,vの比較の情報のみを使ってということであった。

独立性を要求することは、「それぞれの選択肢のペアの比較はそれぞれにやってね」という意味であった。しかし、今回のLemmaによると、独立性に加えて全会一致性を要求すると、「それぞれの選択肢のペアの比較はそれぞれでにやってね、ただし同じ方法で」まで要求されることになる。

Lemmaの証明

任意に(a,b),(\alpha,\beta)\ \in X^2 を固定する。ただし(a\ne b, \alpha \ne \beta\lnot [a=\alpha \land b=\beta ])。また任意に選好プロファイル\pi,\pi'を固定する。

Lemmaの主張における「ならば」の前の条件は成り立っているとする。

加えて、\piにおいてa\succeq bを想定して良い(もちろんf(\pi)においてということ。このように想定して良い理由は注釈を参照)。*5

(a,b),(\alpha,\beta)について次の5パターンが考えられる。
(仮に\lnot [a=\alpha \land b=\beta ]の条件がないとする)。

0: \alpha=a かつ \beta=b (両方同じ)

1: \alpha=b かつ \beta=a(両方同じ)

2: \alpha=a かつ \beta=c (片方同じ)

ここでc \notin \{a,b\}

3: \alpha=c かつ \beta=b (片方同じ)

ここでc \notin \{a,b\}

4: \alpha=c かつ \beta=d (両方違う)

ここでc,d \notin \{a,b\}c\ne d

仮に\lnot [a=\alpha \land b=\beta ]の条件がないとするとこの5パターンで全て考えることができる(たぶんこれは確認しやすい)。実際には、\lnot [a=\alpha \land b=\beta ]があるため、考慮すべきは1〜4の場合である。

ーーーー
1のケースは後に回して、24を考える。
ーーーー

3つのケースで示し方は同じだが、一旦4のケースを想定する。

ここで\piに修正を加えて新しい選好プロファイル\pi^*を作る。

加える変更は、\alphaaの真上に持っていき、\betabの真下に持っていくのみである。典型的なiさんの選好は次図のようになる(a,b,\alpha,\beta以外の選択肢は省略)。

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上のどちらのパターンの場合もiさんの選好においてa,bの比較と\alpha,\betaの比較が一致していることが見てとれる。

このようにすると、当然\tilde{\pi}においては\alpha \succ_{\pi^*} a と  b \succ_{\pi^*} \betaが成り立つ。また、a,bの各個人の比較は\pi\pi^*で変わっていないため、a\succeq_{\pi^*} bも成り立つ。この3つと推移性(の少し特殊バージョンより)\alpha \succ_{\pi^*}\betaが得られる。

ここで実は\alpha \succ_{\pi^*}\betaから\alpha \succ_{\pi'}\betaがいえる。なぜなら\pi'における各個人の\alpha,\betaの比較と\piにおける各個人のa,bの比較が同じであり、それと\pi^*における各個人のa,bの比較が同じであり、加えてそれと\pi^*における各個人の\alpha,\betaの比較が同じ(これは先ほどの作り方から分かる)だからである。

\alpha \succ_{\pi'}\betaを得ることができた。

また、ab\alpha,\betaの役割を逆にして同じことをすると、a \succ_{\pi}bを得ることができる(ポイントは、いま示した\alpha \succ_{\pi'}\betaから\alpha \succeq_{\pi'}\betaがいえること。これにより「\piにおいてa\succeq bを想定して良い」の部分と同じことも保証される)。

\alpha \succ_{\pi'}\betaa \succ_{\pi}bを得ることができ、4の場合については示すことができた。

実は23の場合は全く同じロジックで示すことができる。真上に持って行ったり真下に持って行ったりも部分については、動かせる方だけ動かす。

よってここまでで24のケースについて示すことができた。

最後に1の場合について考える。これは実はここまでで得た結果を用いるといける。まず、(a,b),(a,c)について考えて、(a,c)(b,c)について考えて、最後に(b,c)(b,a)について考えると示せる。

具体的には、\piにおける(a,b)(a,c)の比較が各個人で同じである任意の選好プロファイル\pi''を取ってくる。すると、これは上のパターン2を適応でき、ここからa \succ_{\pi}ba \succ_{\pi''}cを示せる。次に\pi''における(a,c)(b,c)の比較が各個人で同じである任意の選好プロファイル\pi'''を取ってくる。すると、これは上のパターン3を適応でき、*6b \succ_{\pi'''}cを示せる。最後にもう1回同じようにやればb \succ_{\pi''''}aを示せる。

あとは、プロファイル\pi''''における(b,a)の各個人における比較が\piにおける(a,b)の比較と同じになり、結局\pi'における(b,a)の比較と同じになることに注意すれば、b \succ_{\pi'}aを得ることができる。

以上より1のケースにおいてa \succ_{\pi}bb \succ_{\pi'}aを得ることができた。これで証明終了である。

本丸の証明

Neutrality Lemmaを手に入れたので、本丸の証明に入っていく。

今回は2つのステップである。

背理法で示す。あるfが存在してP,IIA,Pを満たすと仮定する。
いまからそのfについて見ていく。

(STEP1)
任意の2つの異なる選択肢a,bを取る。

そして、各個人についてb\succ_i aである任意の選好プロファイルを1つ固定する。そして、a1さんから順にbの真上に持っていく。最初のプロファイルの段階では当然b \succ aであるが、誰かしらのmさんのタイミングでb \succ aから a \succ bに切り替わる(ここにNeutrality Lemmaが軽く効いている。abの比較は常に厳密なものとしているから、Neutrality Lemmaを上手く使うと一連のaを動かす作業においてどの選好プロファイルでもa,bは無差別にならないと分かる)。*7

mさんの選好を動かす直前と直後の選好プロファイルは図のようになる。ただし他の選択肢については表示していない。それぞれ選好プロファイルI、IIと呼ぶ。

(選好プロファイルI)

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(選好プロファイルII)

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選好Iと選好IIにおいてそれぞれa\succ bb\succ aが成り立っていることを抑えた上で次に進む。

(STEP2)
mさんが独裁者になっていることを示す。任意の2つの異なる選択肢\alpha, \betaを固定する。また任意の\alpha \succ_m \betaを満たす選好プロファイルを固定する。

示せばいいのは、その選好プロファイルをfで飛ばした先において\alpha \succ \betaが成り立っていること。それが示せれば証明終了である。

\alpha,\betaとは異なる任意のcを取ってくる。

そしていま固定している選好プロファイルにおいて各人の選好においてcのみを動かして新しい選好プロファイルを作る。具体的には、1さん〜m-1さんについてはcを一番上に持ってきて、mさんについてはc\alpha,\betaの間の適当なところに持ってくる(\alpha,\betaの間にあればどこでもいい)。

動かしたのはcだけであるから、新しい選好プロファイルをfで飛ばした先の\alpha,\betaの比較と、もとの選好プロファイルをfで飛ばした先の\alpha,\betaの比較は同じになる)。従って、いま作った新しい選好プロファイルにおいて、\alpha \succ \betaが成り立つことを示せれば良い。

新しい選好プロファイルは下図のようになっている(\alpha,\beta,c以外の選択肢は省略)。

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なお、最初に選好プロファイルを固定する段階で選好プロファイルに課していた条件は\alpha \succ_m \betaだけであったことを思い出しておく(つまり図の1さんの選好において\alphaの方が\betaの上に来ているがこれは偶然そうなっているものを図にしたにすぎない)。

新しい選好プロファイルを飛ばした先において、\alpha \succ cc \succ \betaが成り立っていることを示せば証明は終わるが(推移性)、実はこれはNeutrality Lemmaから言える。

新しいプロファイルにおける各人の\alphacの比較は、STEP1の選好Iにおける各人のabの比較と同じになっている、したがって、Lemmaより\alpha \succ cとなる。

同様に、新しいプロファイルにおける各人のc\betaの比較は、STEP1の選好Iにおける各人のabの比較と同じになっている、したがって、Lemmaよりc \succ \betaとなる。

よって、mさんは独裁者だと示せた。証明終了である。

証明の全体像を振り返る

まずSTEP1でmさんを見つけてきた。このとき出てきた選好プロファイルIとIIは下で使うことになる重要なものであった。STEP2では\alpha \succ_m \betaを満たすプロファイルを任意に固定して最終的に\alpha \succ \betaが示せれば良かった。しかしそれを示すには新しいプロファイルで\alpha \succ \betaを示せばよく、したがって新しいプロファイルにおいて2つのことを示せれば良かった。そしてそれらはLemmaを上手く使って示せた。

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以上で、前回の記事を合わせると3つのやり方でアローの不可能性定理を証明することができました。この記事を書いていて、僕自身はどの証明も個性的に感じられ、1つずつが冒険のようで楽しかったです。

Fin.

*1:ただし、アローの原典にはあたっておらず、「A Primer in Social Choice Theory」において「アローのオリジナルな証明」として紹介されていたものを修正した。

*2:補足する。前回の証明で定式化した「(x,y)に関する独裁者」という概念と今回の「(x,y)についてdecisive」という概念の違いに注意する。今回の概念は「投票者の集合」について定義されるものであり、前回のは「個人」について定義されるものである。しかし、その内容は同じと言っていい。というか今回の定義を一般形と考えて、「\{i\}(x,y)についてdecisiveである」を「ixyに関する独裁者である」と呼んでいると思うこともできる。なお、前回はxyにしていて今回は(x,y)としているが深い意味はない。どちらにおいてもxyの順序は大事であることに変わりはない。

*3:表記について。参考にしている「A Primer in Social Choice Theory」と表記が大きくずれているのでそちらを見る場合には注意。教科書においては今回におけるiJになっており、今回における-iiになっている。

*4:補足する。なお、前回の証明中において新しい選好プロファイルを考えるときにそれがしっかりと「選好プロファイル」になっているかの確認をしなかったのは、選好を、各選択肢を上から下に(同列も許容してではあるが)並べたもので表示して考えていたからである。「abの一個上に持ってくる」のようにしても、あのように並べて表されるということは推移性と完備性は満たされている。

*5:なぜa\succeq bを想定していいか説明する。なお、実際に証明を書く際は以下の説明を書く必要はなく「一般性を失うことなくa\succeq bを想定する」と書くだけで良い(元論文はそうしている)。また、理由を完璧に説明するのは難しいのでイメージを紹介するに留める。

まず、Neutrality Lemmaの主張を次のようにmodifyしたLemma'を用意する:「ならば」の前の部分に「\pifで飛ばした先においてa\succeq bとなる」を加える。今回書いている証明はLemma'の証明になっている(それが実質的にLemmaの証明にもなっていることをこれから説明する)。さらに、手元にあるLemmaとLemma'の形式を変えてみる。具体的には、「すべての自然数xに対してx5以上ならばxはーーーを満たす」という命題を「すべての自然x with x5以上に対して「xはーーーを満たす」という命題に変えるのと同じ変更を加え、それらを今後LemmaとLemma'と呼ぶ(この変更は単に考えやすくするためだけであり、このような変更をしても問題ない)。

問題はLemmaとLemma'で"実質的に"考慮する「2つの選択肢のペアと2つの選好プロファイルからなる組」の範囲が変わるかである。普通に考えればLemma'ではwithのところの条件が厳しくなっているためその範囲が絞られてしまっている。しかし、実は”実質的には"変わらない。なぜなら、ある2つの選択肢のペアと2つの選好プロファイルからなる組((x,y),(u,v),\pi,\pi')がwithのa\succeq bの条件は満たさないが他の条件を満たすとき、この組はたしかにLemmaを採用しているときは考慮対象にあるが、Lemma'を採用すると考慮から外れてしまう。しかし、2つの選択肢のペアを反転させた((y,x),(v,u),\pi,\pi')という組を考えればこれはLemma'の考慮する範囲に残ってくる(なぜならこっちはa \succeq bの条件をクリアするし他の条件もクリアするから)。そしてこれらについて真偽は一致する。

Lemmaを示すにはwithの条件を満たす全ての組について、「f(\pi)におけるa,bの比較と、f(\pi')における\alpha,\betaの比較は同じになる。また、その比較はStrcitになる」が成り立つと示す必要がある。しかし、Lemma'を示しただけでは、本来考慮すべき範囲より狭い範囲の組において成り立っているのを示したのにすぎない。しかし、Lemmaでは考慮すべきとされていたが、Lemma'では考慮から落ちた任意の組((x,y),(u,v),\pi,\pi')について、それと真偽が一致する((y,x),(v,u),\pi,\pi')がLemma'の範囲に残っているため、Lemma'で考慮されるべきとされている範囲の全ての組について成り立っていればLemmaの範囲でも成り立つことになる。

以上のことを丁寧に示すのであれば(ここでは示さないが)、まずは準備としてLemmaとLemma'の「fがDとIIAを満たすと仮定する」の部分を「\forall \ f which satisfies D and IIA」とした方が扱いやすいと思う。そして、LemmaとLemma'の真偽が一致することを背理法などで示す(Lemmaが真のときLemma'が真であるのを示すのは自明で済ませばいいが、逆が大変でありそこで背理法を使う)。もしくは、先にLemmaとLemma'の同値性を証明するのではなく、Lemma'の証明をしたあとに、Lemma'が真であることを用いてLemmaの証明をする手順でも良い。このへんの手順や同値性まで示すかは好みの問題であるが、大事なのはLemma'が真であるときLemmaも真であることをどこかで示すことであり、その際に背理法を使う(先ほどまでの議論を参考にしながら上手く示す)。

*6:補足する。もちろんパターン3で示したことを適応するにあたって、a\succeq_{\pi''}cが必要になるがこれは1つ前のa \succ_{\pi''}cからいえる。

*7:補足する。各人が選択肢a,bを厳密に比較している(誰も無差別にしていない)選好プロファイルを考えたときに、その選好プロファイルを飛ばした先においてabが無差別にならないことを示したい。これがLemmaを上手く応用するとできる。いま注目している選好プロファイルに対して、もう1つ上手い感じに選好プロファイルを持ってきて(何かしらの選択肢のペアc,dについての選好がa,bと各人について同じ比較になっている選好プロファイルを持ってきて)、Neutrality Lemmaを使えば、Lemmaの主張の最後の一文より無差別にならないといえる。