「曖昧にしておくのが大事なこともあるんだな」と気づいた話。

話の始まりは大学1年生のとき。

友人に誘われてベンチャー企業に話を聞きにいった。

プロジェクトに参画する学生メンバーを募集しているという話で興味を持った友人が僕を連れていったという経緯で、オフィスを訪ねると担当者の方が会社やプロジェクトについて僕と友人に色々と説明をしてくれた。

そのときに企業理念やその周辺のことについて説明してもらったのだけど、その説明を聞いたときに、当時の僕は何に対しても突っ掛かる傾向にあったので、「んーでもこの理念って人によってどうとでも解釈できるんじゃない?あんまり実質的な意味がなさそうだけど」とか実は心の中で思っていた。

これが普通の説明会とかだったらよかったのだけど、友人と僕しかいなかったこともあり、あろうことか僕は「これって曖昧すぎて解釈が人によって大きく変わってしまいますよね」みたいな心の中のコメントを担当者の方にしてしまった。いまから考えるとヒヤっとするような言葉なのだけど、生意気な学生には慣れていらっしゃるのか担当の方は上手く流してくださり、特に問題にはなりませんでした。

これが大学1年生のときにあった出来事。結局その企業とは何もなかったのだけど、このときのやり取りは、「あの企業理念、解釈が人によって変わってしまうのが微妙だと思ったけど、"解釈が人によってどうとでもなってしまう”ってのはそんなにダメなことなのかな、なんかモヤモヤするな」と妙に心に残っていた。





その2年後。

大学3年生の後半くらいになっていた僕は父親と一緒にご飯を食べているときに、面白い話を聞いた。父の勤めている会社にはいくつか大事にしている言葉があるらしいのだけど、その中の1つに「Good Business Together(良いビジネスを皆んなでやろう)」ってのがあるらしい。

でも「Good Business」っていうけれど、"Good"の意味なんてそれこそ人によって変わってしまうもので、大学1年生の自分なら絶対「なんだかなぁ」と感じたと思っていただろうけど、この言葉にはキモがあるとのことだった。「Goodの具体的な意味はあえて決めない」と教えてくれた。

会社のメンバーも外部の状況も変わっていく。だから"Good"の意味はあえて決めずに、そのときのメンバーがそのときの感性で"良い”と感じるものを大事にしてくれることを願っているからこそ、Goodの意味は明確にしていないとのことだった。

あの時に突っかかった企業理念の設計意図は分からないけれど、企業理念に関してあえて曖昧さを入れておくという設計を見せつけられて、「あぁそういう風に考えたりもするんだ」と大きく認識が変わり衝撃を受けた。

一連の経験を通して、曖昧にしておくという知恵の存在を知ることができたのは、とても大事な経験だったと思う。





この話を踏まえて経済学に目を向けてみる。いま僕は大学院で「理論経済学」を専攻しているけれど、その魅力の1つは主に数学を用いることで社会についてクリアに考察できることだと思っている。これはたしかに素晴しくて魅力を感じている。ただ、経済学にどっぷりはまっているとき、「曖昧にしておく、あえて解釈を決めない」って知恵もあることを忘れないようにしておかないとな思ったりもする。

クリアに思考する知恵と、曖昧にしておく知恵。

両方使えるとかっこいいなぁ。

Fin.