租税競争の授業2

*この記事のタイトルは「租税競争の授業2」ですが、「租税競争の授業1」より先にこちらを書いています(追記:1と3も書こうと思ったのですが時間が取れないので一旦これだけになりそうです)。

春学期後半に受けていた「租税競争」の授業が面白かったので、復習のために内容をまとめてみようと思います。ただし内容は授業スライドを参考にしており、オリジナルの論文には基本的にあたってないのでその点はご了承ください(そもそもスライドがオリジナルの論文を大幅に簡略しており、それをさらに簡略化するみたいなことは起きていると思います)。

この記事では租税競争理論における中心的なモデルであるCross-Border Shoppingのモデルとその拡張を紹介します。

イメージとしては、隣接する州(or隣接する国)があって、住民がその境界(border)を超えて買い物にいけるような状況を扱うモデルです。例えば同じ財が2つの州でほぼ同じ値段で売っているときに、消費税が10%の州と5%の州があればborder付近に住んでいる人は自分が住んでいる都市から移動して税金が安い方に買い物に行ったりするような状況です。日本では県によって税金が異なったりしない気がしますが(そのため税金の違いに注目して消費者が買い物のために移動するようなことはなさそうですが)、例えばEU諸国などでは国をまたいだ移動が簡単だったりするのでこのような分析はそれなりに現実的であるようです。

基本的には意思決定主体は政府で税率を決めます。つまり、政府が税率を通して移動しうる消費者を奪い合うモデルです。他の自治体より税率を下げればそれに惹かれて自分の自治体で買い物をする人が増えますが、税率を下げると1人あたりから徴収できる税金は減ってしまいます。

授業を受けた印象では、この一群のモデルにおいてはZMモデルの分析と比べて社会厚生に関する話はあまりなく、「こういう設定だと何が起きるか(どのような特徴を持つ国が税率を下げやすいか、消費者の移動はどうなるか)」に注目しているように感じました。

この記事の構成としては、まずは基本となるKanbur and Keen (1993)のモデルを紹介し、そのあとその基本的な拡張を3つを紹介します。最後に、租税競争の理論において今後大事になってきそうである(と先生が思っているため授業で紹介された)E-Commerceの観点からの拡張を紹介します。

 

まずは核となるモデルを丁寧に見ていきます。

モデル1:Kanbur and Keen (1993)

・2つの国:i=0,1

・店は閉区間[0,1]で表される空間に一様に分布している。

・国境は0.5に位置する。

・消費者は[0,1]上に(その国においては)一様に分布しているが、国ごとに人口が異なり、国00の方に位置する)の人口は0.5であり、国11の方に位置する)の人口は0.5hh\gt 1)である。


・各消費者は1単位の財を必要としており、どの店からも買うことができるし、どの店で買っても財からの便益はUで変わらないが、住んでいる位置からsの距離だけ離れた店で買う場合には\delta\cdot  sだけの移動費用がかかる(\delta\gt 0)。簡単のためにどの店も財の値段は0に設定しているとする(0に設定するのは変かもしれないが、p\gt 0で一定としても分析は変わらないはず)。

・各国の政府は税率t_iを決定するが(「率」と言っているが要は徴収する税金の値段。従量税にも従価税にも「税率」という用語を用いるらしい)、仮にこの水準が両国で同じであれば各消費者は自分が住んでいる位置にあるある店で買うのが最適になる(例えば0.2の位置に住んでいる消費者は0.2の位置にある店で買う)。一般に消費者が判断するのは、自分が住んでいる位置の店で買うか(自国で買うならこれがベスト)、移動費用を払って国境まで行って0.5の位置にある店で買うか(他国で買うならこれがベスト)の比較である。

・なお、政府の目的は税収の最大化である(ZMモデルにおいては政府の目的は住民の効用最大化であった。個人的にはそちらの方が好きな仮定だが、仮定の妥当性について考えると現実の政府が必ずしも住民の効用の最大化を目的にしているかは分からないので一概にどちらの仮定が望ましいかは分からない。この点について面白い研究が紹介されたのでそちらについてもできれば違う記事で取り上げる予定)。

・意思決定の構造としては*12プレーヤーの標準形ゲーム(ゲーム理論の授業で紹介される普通のホテリングモデルと同じ)。もちろん、政府の意思決定のあとに消費者が意思決定するような展開系ゲームだと思ってSPEを求めるという話にしても良いと思うが、その場合でも結局はいま考えている標準形ゲームでNE求めるのと同じ話になるので、政府をプレーヤーとした標準形ゲームでそのpayoff functionに消費者の選択が組み込まれていると捉えてしまうのが分かりやすいと思う。

・これからナッシュ均衡を求めるが、リサーチクエッションとして、人口の多い国と小さい国の2つがある一番基本的な設定において「どちらの国の政府の方が(人口の多い方か小さい方のどちらが)税率を低く設定するのか(その結果、消費者の移動はどうなるのか)」が見れそうなモデルになっていることが分かる。

・ナッシュ均衡求める際にポイントになるのが(というより各国のpayoff functionを特定する際にポイントになるのが)、ある税率のプロファイルを考えたときに、そのもとで、自身が住む位置で買い物をすることと国境まで買い物に行くのが無差別になる消費者は誰か(どの位置に住んでいる人か)を特定することである。これが分かってしまえばPayoffの計算は簡単になる。

・具体的には、ある税率プロファイルを考えたときに、この税率プロファイルにおいて0.6の位置に住む人が自国で買う(つまり自分の住んでいる位置の店で買う)のと他国で買う(つまり国境まで買いに行く)のが無差別になることが分かれば、0.61の人は国1で買い物をして、00.6の人は国0で買い物をすることが分かり、国0の税収はt_0\cdot 0.5 + t_0\cdot 0.1hとなり、国1の税収はt_1\cdot (1-0.6)hと計算できる(人口の大きさの違いで少しややこしくなっているだけで今回の設定では排除しているが仮にh=1であれば0.6の人が無差別になるのであれば国0t_0\cdot 0.6で国1t_1\cdot 0.4の税収になる)。

・ナッシュ均衡を求める。面倒なので実際には求めないが、ナッシュ均衡は(t^*_0,t^*_1)=(\frac{(h+2)\delta}{6h}, \frac{(2h+1)\delta}{6h})になるらしく、均衡においては人口の少ないの方が税率を低く設定する。

・よって均衡においては、小さい国に住んでいる人は全員移動せずに住んでいる位置の店で買い物をして、大きい国に住んでいる人のうちで国境付近の人はborderにある小さい国の店に買い物に行くことになる。

•個人的な直感としては、例えば両国が同じ税率を選んでいる場合を考えたときに、そこから片方だけが税率を少し下げることを考えると、人口の多い国は引き下げたところで(人口が少ない国が同じだけ引き下げた場合よりも)追加で得られる消費者の数は少ない上に、税率を下げることでもともと自国で買っていた人たち(自国民)から得られる税収の減り幅も大きい。これを確認すると「たしかに人口の少ない国の方が低い税率つけたくなる気がするな」という気がしてくる。

Kanbur and Keenのモデルはとてもシンプルに興味深い分析をしており、面白いなと感じました。もちろんシンプルであるがゆえに拡張のしがいがあるわけで以下ではいくつかの拡張を紹介します。

モデル2:Nielsen(2001)

・Kanbur and Keenのモデルにおいては「人口の多い国」と「人口の少ない国」は、国の「長さ」は揃えた上で「密度」によって人口の違いが表現されていた。対してこのモデルは、「密度」を揃えて「長さ」によって人口の違いを表現するモデルになっている(borderの位置が0.5になっていないことに注意)。

・このような設定にしても基本的な分析の手続きは変わらずに分析でき、結果としてはKanbur and Kennと同じように「人口の少ない国」が税率を低くして「人口の多い国」から「人口の少ない国」へのshoppingが起きることが分かった。つまり、この点においてKanbur and Keenの結果はロバストであることが分かった。

上の2つのモデルにおいては「人口の多い国(or自治体)」に住む人が、「人口の少ない国(自治体)」に買い物にいくという結果になった。ただ感覚的に考えると例えば大きな都市と小さな都市があったときに、基本的には小さな都市の人が大きな都市に買い物にいく傾向がある気もする。この点について上のモデルとは違う結論を出しているモデルを続けて2つ紹介する(ただしモデル4については後述の通り注意が必要)。

モデル3:Ohsawa(1999)

・このモデルは2地域ではなく、3地域のモデルを扱っている(論文を覗くとどうやらもっと一般的に扱っているらしいがエッセンスを掴む意味では3地域で十分であるから授業では3地域で説明されたのだと思う)。

・まずはベンチマークとして、各地域の人口と長さが同じケースを考える。


・このようなケースで均衡を計算すると、Country Bの税率が低くなることが分かる(t_B \lt t_A=t_C)。

・次に人口を変えて分析してみる。Country A,Cの人口はいじらずに、Bの人口を増やしてみたときにいじったときに均衡がどうなるかを見てみる(h(\gt 0)がBの人口を調整する項である)。

・するとh(\gt 0)1より小さい範囲では、国Bの税率が低くなり(先程の人口が各国で同じであるケースに近いからそりゃ同じように税率は低くなるんだろうなとは思う)、1以上の場合には国Bの税率は高くなる(t_B\geq t_A=t_C)。したがってhがそこまで大きくない場合には、モデル1とモデル2とは異なり、人口の多い国Bが他の国より低い税率を選ぶことになる。*2

 

・この結論は前の2つのモデルとの比較で興味深いし、またそもそもKanbur and Keenのモデルをこうやって複数地域のモデルに拡張するんだってのも(言われてみれば自然な拡張だけど)勉強になりました。

モデル4:Aiura and Ogawa(2019)


・このモデルは授業を担当してくださった小川先生の論文。アイディアとしては「(Kanbur and Keenなどにおいてはそもそも1財だけではあるが)現実において大都市に多くの人が買い物にいくのは大都市にある財のバラエティーの豊富さに魅力を感じているからではないか?」という洞察をモデル化しようとしている。

・上の2つの拡張よりも大きくいじっており(財のバラエティーの話をするのだからたしかにそれは必要になってくる)、独占的競争企業が-11の位置に位置しており(独占的競争企業の導入)、消費者は普通の財は今までと同じように[-1,1]のどこでも購入できるが、独占的競争企業の財は-11でしか購入できない(消費者の購入する財の種類は1種類ではない)。詳細は記述しないがこのようにすると、均衡においては人口が小さい国から高い国への移動がおきる。

・ただし実は上のストーリーとモデルは、先生が「本当はこういうストーリーでこういうモデルにすればよかったな」と思っているもので、実際には違うストーリーを採用しており、独占的競争企業を上のように導入はしたが国は対称にしたらしい。そういう意味では上のストーリーとモデルは「こうすればよかったなという研究」であるので注意が必要。*3

以上がKanbur and Keenのモデルとその比較的単純な拡張です。最後のモデルはこれまでとは趣きが変わって、E-commerceを組み入れたような拡張です。分析結果は紹介せずに、「こうやってモデルにE-commerceを組み入れるんだ」という所を紹介する。

モデル5:Bacacha and Beauvallet(2018)

・2国のモデル(i=-1,1)。

・空間は[-1,1]で国境はb\gt 0の位置にある。したがって国-1の方が「人口の多い国」になる(モデル2と同じで国の大きさは「密度」ではなく「長さ」で表現される)。

・財は1つで消費者はどの地点にある店からも買うことができる。また、どこで買っても財からの便益はVで変わらないとする。値段もどこで買っても0円にしておく。

・各国は税率t_iを決定する。

・ここまではモデル2と同じような設定であるが、大事なポイントとして、各消費者は移動コストをかけて他国に直接買いにいくことも、自国で直接買うこともできるが、このモデルにおいては自国や他国の店からオンラインで買うこともできる。

・つまり消費者が実質的に比較するのは次の4パターンである。(i)国境で直接買う、(ii)自分の住んでいる位置で直接買う、(iii)自国の店から(具体的にどの店かは問わず)オンラインで買う、(iv)他国の店から(具体的にどこの店かは問わず)オンラインで買う。

・消費者が直接店に行って買う場合のコストは、その国の税金と移動費用であり、これは普通のモデルと同じである。

・一方、消費者がオンラインで買う場合のコストは、オンラインサービスを利用するためのコスト(消費者はYoungとOldに分かれておりその違いはオンラインサービス利用にかかるコストの違いである)と、払うべき税金である。この払うべき税金は実際に買いにいく場合とは異なりその自治体がかけている税金とは限らない(Origin PrincipleとDestination Principleのどちらに基づいた税金の制度が採用されているかによる)。

・この点がE-commerce特有の点であり人々が実際に買い物にいくだけのKanbur and Keenの世界では買い物客がどこの国の人かは識別できなと考えるのが自然だが(現実的には関税などの制度はあるがアメリカの州をイメージすると分かりやすい気がする、たぶん関税みたいなものってないはずだから)、E-commerceだと他国の企業から買っても住所から自分がどこに住んでいるかがすぐに分かってしまう。

・したがって、Destination Principleと呼ばれる「他国からオンラインで買っても自国に自国の税金を払う(ただし他国に直接買いに行った場合には他国に他国の税金を払う)」という制度も、Origin Principleと呼ばれる「他国からオンラインで買った場合には直接買いに行った場合と同じように他国に他国の税金を払う」ような制度もどちらも考えることができる。

・この論文ではそれぞれの制度について、その制度ももとでの均衡がどうなるかを調べている(そしてその結果を比較することでE-commerceが発展する世界においてどちらの税金の制度がどういう帰結をもたらすかが分かり政策的implicationにも繋がる)。

・結果は紹介しませんが、「このようにモデルを拡張してE-commerceについて分析するんだ」と分かりとても参考になりました。

以上が、租税競争理論におけるCross Border Shoppingと呼ばれる領域の研究紹介です。履修前に、「租税競争ではホテリングモデルを使ったりするらしいよ」と聞いていたのですが、「こんなかんじなんだ」と知ることができて面白かったです。

Fin.*4

*1:「このモデルは2プレーヤーの標準形ゲームである」という言い方ではなく、あえて「意思決定の構造としては2プレーヤーの標準形ゲームである」という言い方にしました。というのも、例えば今回のモデルに、人々の移動によって人々は気にしない環境汚染が起きるような状況を組み込みそれに対してモデルの分析者が均衡における環境汚染倫などについて分析しようと思っている場合には、意思決定としては(人々は環境汚染を気にしないしそれによる間接的な影響もないとしているため)環境汚染がない場合と同じ標準形ゲームであるが、(モデルの分析者が環境汚染について倫理的に考えたいと思っている場合)環境汚染の部分は無視できない部分であるため、「このモデルは2人プレーヤーの標準形ゲームである」とは表現するのは微妙だと思ったからです。「このモデルにおける意思決定の構造は2人プレーヤーの標準形ゲームで記述される」くらいの表現の方がしっくりきます。

この点が気になっているのはZMモデルの授業スライドにおいて「税率によって競争することとか関係なく経済の資源の問題としてPareto Optimalな配分を考える」ということを行っていて、ZMモデルも含めてこのシリーズを書いているのでこのような表現の方が分かりやすいかなと思ったしだいです。ただし自分でもちゃんとこのへんのことを理解しているわけではないでなく、「こう表現しておくとスムーズな気がするな」という程度です。

*2:なお、hが負である状況も許容して分析すると(ただしh-1以下になることはない)、hが負の場合=国Bが相対的に小さい場合には国Bの税率は低くなることが分かる。

*3:実際に採用したのはこの論文と同じメンバーで書いた論文であるAiura-Ogawa(2013)の従量税と従価税のどちらが望ましいかというクエッションが財にバラエティーを入れても維持されるのかという話。独占的競争企業を入れ込むフレームワークを頑張って作ったのだから本当は非対称な国にして先ほどのストーリーにすれば良かったということらしい。

*4:参考文献は以下の通りです。

・Aiura, H., & Ogawa, H. (2019). Indirect taxes in a cross-border shopping model: a monopolistic competition approach. Journal of Economics, 128(2), 147-175.

・Bacache Beauvallet, M. (2018). Tax competition, tax coordination, and e-commerce. Journal of Public Economic Theory, 20(1), 100-117.

・Kanbur & Keen (1993), Jeux Sans Frontieres: Tax Competition and Tax Coordination When Countries Differ in Size, American Economic Review, 1993, vol.83, 877-892.

・Nielsen, S. B. (2001). A simple model of commodity taxation and cross‐border shopping. Scandinavian Journal of Economics, 103(4), 599-623.

・Ohsawa, Y. (1999). Cross-border shopping and commodity tax competition among governments. Regional Science and Urban Economics, 29(1), 33-51.