補償の経済学(Envy-Free関連のいくつかの配分ルール)

*この記事は中級レベルのミクロ経済学を前提にします。

社会的選択理論のスターであるMarc FleurbaeyさんがHandbook of Social Choice and Welfareに書いた「Compensation and Resposibility」を勉強中なので、内容をまとめてみたいと思います。

 

(この文言は今後変更する可能性がありますが)、「本人のせいではない個人の特徴(障害の有無、人種、受けた初等教育の水準などなど)についてどう補償していくのが公平性の観点から望ましいか」を考える話だと理解しています。


今回は単純なセッティング(生産などはないセッティング)におけるAllocation Ruleをいくつか紹介します。最初に紹介するNo-Envy(Envy-Free) Allocation Rule(無羨望の配分ルール)は「無羨望」の概念を知っている人からしたら「うんうん、そんなかんじだよね」というかんじだと思いますが(僕はそうでした)、その後の配分ルールは「そうやって無羨望の精神を上手く活かした配分ルールを考えていくんだ」と面白く思いました。無羨望という概念を知っている方も知らない方も楽しめるのではないかと思います。

今回は配分ルールの紹介だけを行い、それぞれの配分ルールの性能に関する公理的分析は扱いません。

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【設定】

この記事の目的は5つの配分ルールを紹介することだが、まずは今回の文脈における「配分ルール」とは何かを定義するために準備していく。最初に今回の文脈における「経済(economy)」とは何かを定義するところから始める。

Economyとはe=(N,\theta_N,u_N,\Omega)のことで、N=\{1,...,n\}は社会を構成する個人の集合(有限)、\theta_N=(\theta_1,...,\theta_n)\in Y^nは補償の対象となる特徴のプロファイル、u_N=(u_1,...,u_n)は効用関数のプロファイル、\Omega\in \mathbb{R}_{++}は社会で利用可能なリソース量を表す。

Yを2つ以上の要素からなる特徴の集合とする(この集合はどの経済を考える場合でも固定されているとする)。例えば、障害について考察するのであればY=\{0,0.5,1\}のようにして0を身体的障害がない、0.5を少し身体的障害がある、1を身体的障害がある、のように解釈するなどできる。

また、utility functionは\mathbb{R}_{+}\ \times\ Y上に定義されている。例えばu_i(5,y_0)=10であればiさんは5だけのリソースをy_0という自身の特徴のもとでもらうと10だけ嬉しいと解釈される。実際にはiさんの特徴は\theta_i\in Yに決まっているわけであるが、iさんは「自分の特徴がもしこれだったときにこれだけの配分だったらどうだろう」ということも考えるわけである。u_i:\mathbb{R}_{+}\times Y\rightarrow \mathbb{R}はリソースの量についてcontinuousかつstrictly increasingであるとする。このような効用関数の集合を\mathcal{U}で表す。*1

上で定義したような経済全体からなる集合を\mathcal{E}で表す(この集合の中には人数が3人であるようなeconomyも含まれているし、10人であるようなeconomyも含まれていることに注意。リソースの総量も5の経済もあれば4の経済もある)。

経済e=(N,\theta_N,u_N,\Omega)\in \mathcal{E}において、配分とはx_N=(x_1,...,x_n)\in \mathbb{R}_{+}^nのことである。また、配分x_Nが実行可能であるとは\Sigma_{i\in N}\ x_i=\Omegaが成り立つことである。実行可能な配分の集合をF(e)で表す。なお、実行可能な集合であればパレート効率性は満たされていることに注意(よって次に定義するようにどんな配分ルールでも定義からして配分ルールは効率性の要請は満たしている)。

配分ルールSとは、各e\in \mathcal{E}に対してF(e)のsubsetであるS(e)を対応させる関数のことである(S(e)は空であることも許容されている)。つまり「経済がこれであるときにはその経済における実行可能な配分のうちこれらを選んでね」と定めるのが配分ルールである。

【5つ配分ルール】

これから「公平な」配分ルールについて考えていく。もちろん例えば全員に対してリソースを同じだけ振り分けるような配分ルールもある意味では公平な配分ルールであるが、今回は「羨望(あの人の方が自分よりいいなぁ)が起きない(起きづらい、少ない)」という観点での公平性に注目してした配分ルールを見ていく。まずは今回の観点からは1番シンプルな配分ルールである。

配分ルール1:No-Envy Allocation Rule

For all e\in \mathcal{E}、and all x_N\in F(e)
e\in S(e) \Leftrightarrow \forall i,j\in N\ u_i(x_i,\theta_i)\geq u_i(x_j,\theta_j)

この形式の書き方が分かりづらかったら、「任意のe=(N,\theta_N,u_N,\Omega)\in \mathbb{E}についてS(e)=\{x_N\in F(e)\ | \ \forall i,j\in N\ u_i(x_i,\theta_i)\geq u_i(x_j,\theta_j)\}を割り当てる関数SをNo-Envy Allocation Ruleと呼ぶ」と書いてあると思えば良い。

なお、\forall i,j\in N\ u_i(x_i,\theta_i)\geq u_i(x_j,\theta_j)については、\lnot\  \exists i,j\in N\ u_i(x_i,\theta_i)\lt u_i(x_j,\theta_j)と書き換えておくと、「どんなiさんについても他のjさんの方がいいなとならない」とダイレクトに解釈でき「無羨望」という言葉にフィットする。

この配分ルールは、「他の人を羨ましく思う」ってことが起きないという意味での公平性をシンプルに表しているが、空集合になってしまうことなどもあり必ずしも使い勝手が良いわけではない。そこで以下ではEnvy-Freeの精神を引き継いだ5つの配分ルールについ見ていく。

配分ルール2と配分ルール3は「あぁそういうルールを考えるわけね」というかんじで、割と分かりやすい。配分ルール4と5は「aggregation」のようなアイディアが入っているので、一旦前半の2つを見て、そこから後半の2つをセットにして見ていくことにする。

配分ルール2を定義するために2つの概念を定義する。

経済eが与えられたときにB(e)を「(それぞれの個人について羨望される人数と羨望する人数が)バランスしている配分の集合」として定義する。正確には、配分x_NB(e)に属することは、x_N\in F(e)と、任意の個人i\in Nについて、|\{j\in N\ |\ u_j(x_i,\theta_i)\gt u_j(x_j,\theta_j)|\ =\ |\{j\in N\ |\ u_i(x_i,\theta_i)\gt u_i(x_j,\theta_j)|が成り立つことであると定義される(無羨望よりは弱い概念だがその精神は受け継いでいることがみて取れる)。

次に、経済eと配分x_Nが与えられたときにE(e,x_N)|\{(i,j)\in N^2\ | \ u_i(x_i,\theta_i)\gt \ u_i(x_j,\theta_j)\}と定義する。これはその経済のその配分において発生する羨望の数を表す。

配分ルール2:Balanced and Minimal Envy Allocation Rule

For all e\in \mathcal{E}、and all x_N\in F(e)
x_N\in S(e) \Leftrightarrow x_N\in B(e) and \forall x_N'\in B(e), E(e,x_N')\geq E(e,x_N)

この配分ルールはつまり「羨望が全くない」という意味での公平性は難しくても「それぞれの個人についてその人が羨望する人数とその人が羨望される人数が同じ」という意味での公平性は考えられるよねということでB(e)を考えた上で、とはいえ「人数が同じ」であっても羨望の数は少ないに越したことはないからバランスしている配分の中で生じる羨望の数が最小のものを選ぼうということである。

続く配分ルール3は羨望の強さに注目した配分ルールであり、まずは準備として経済eと配分x_Nが与えれたときに、EI_i(e,x_N)min\{\delta\in \mathbb{R}\ |\ \forall j\in N\setminus \{i\},\ u_i(x_i+\delta,\theta_i)\leq\  u_i(x_j,\theta_j)\}と定義する(EIはEnvy Intensityの略だと思われる)。

EI_i(e,x_N)とは、iさんについて\deltaだけリソースを増やせば(減らす場合もあるが)iさんは他の人を羨望しないことになるという\deltaの最小の値である。なおこれは必ずwell-definedというわけではないことに注意(例えば、いくらリソースをもらっても特徴y_0であるより特徴y_1であることを好む場合など。この意味で、以下の配分ルール3は空になるとか依然に厳密には配分ルールとして上手く定義されていないところがあるのでmodificationが実際には必要)。「iさんは最低でもこれだけリソースを追加してもらわないと無羨望にならない」という量がEI_i(x_N)であり、iさんにとっての羨望の強さのようなものを表す。

配分ルール3:Minimax Envy Intensity Allocation Rule

For all e\in \mathcal{E}、and all x_N\in F(e)
x_N\in S(e) \Leftrightarrow \forall x_N'\in F(e),\ max_{i\in N}\ EI_i(e,x_N')\ \geq\ max_{i\in N} EI_i(e,x_N)

これは、実現可能な配分において、一番Envy Intensityが大きい個人のEnvy Intensityが一番小さくなっているような配分を選ぶ配分ルールである。

次に配分ルール4と配分ルール5に入っていく。どちらのルールについても名前を先に見ると分かりやすく配分ルール4は「\Phi-Conditional Equality Allocation Rule」であり配分ルール5は「Average Conditional Equality Allocation Rule」である。

配分4は「これが配分ルール4ですよ」と決まっているのではなく、各人のutility functionをaggregateする関数である\Phi:\Cup_{n\leq 1}\mathcal{U}^n\ \rightarrow\ \mathcal{U} ごとにその下での配分ルールが決まっている(定義域に注意が必要。どのような経済におけるutility functionのプロファイルについてもaggregateする必要があるのでこうなっている)。各人の意見を「utility functionについて」aggregateしている(その上でaggregateしたutility functionに対してmaximinの精神を適応)。

一方、配分5は各人の意見をutility functionについてaggregateするのではなく、それぞれの個人のutility functionを採用した場合の(この場合もmaximinの精神の意味で)望ましい配分を求めて、そこで求めた「配分について」平均の意味でaggregateする。平均の意味でaggregateすることが決まっているので配分ルール4と異なりaggregateの仕方により色々な種類があるわけではない(ただし、もちろんaggregateの仕方を一般化をすることは可能で例えば不利な特徴の個人の意見に重いウェイトをおくようなものなどを考えることもできる)。

各人のutility functionをaggregateする関数である\Phiが与えられたときに、\Phi-Conditional Equality Allocation Ruleは以下のように定義される。

配分ルール4:\Phi-Conditional Equality Allocation Rule

For all e\in \mathcal{E}、and all x_N\in F(e)
x_N\in S(e) \Leftrightarrow \forall i,j\in N,\ [\tilde{u}(x_i,\theta_i)=\tilde{u}(x_j,\theta_j)], or, [ \tilde{u}(x_i,\theta_i)\lt\ \tilde{u}(x_j,\theta_j) and x_j=0]

ここで\tilde{u}=\Phi(u_1,...,u_n)である。

つまり、aggregateして作った\tilde{u}というutility functionを用いてmaximin(utilityが一番低い人のutilityを一番高くする)を適応していると理解することができる。utilityが一番低い人のutilityを一番高くしようとすると、全員のutilityが基本的には同じになるので\tilde{u}(x_i,\theta_i)=\tilde{u}(x_j,\theta_j)という条件を満たす配分が選ばれていると見ることができる。ただしjさんの方がiさんよりもどう頑張ってもutilityが高くなってしまう場合などもあるので少し細かい条件が入っている。*2

次にx^kを、k\in Nさんのutility functionを用いたときに(maximinの精神で)望ましい配分であると定義する。正確には経済eにおいて、x^k=(x_1^k,...,x_n^k)\forall i,j\in N,\ [u_k(x_i^k,\theta_i)=u_k(x_j^k,\theta_j)], or, [ u_k(x_i^k,\theta_i)\lt\ u_k(x_j^k,\theta_j) and x_j^k=0]を満たす配分と定義される*3

その上で、

配分ルール5:Average Conditional Equality Allocation Rule

For all e\in \mathcal{E}、and all x_N\in F(e)
x_N\in S(e) \Leftrightarrow x_N=\Sigma_{k\in N}\ x^k

各人のutility functionを採用して作った配分x^kを平均の意味でaggregateした配分を選ぶ配分ルールとなっている。

以上で5つの配分ルールを見てきた。他にも人々の特徴についてaggregateした上で配分を考えるようなルールなどもあるが、ここでは5つに留めておく。Envy-Freeについては概念は知っていたがこういう風に色々なタイプの配分ルールがあることは知らなかったので個人的にはとても面白かった。

なお、まだこの論文については1/3も読めておらずこれから先に勉強したら内容(や特に細かい表現)を変える可能性はあるのでご了承ください。

Fin.

*1:また、この記事においては必要ないが各人のutility functionについて個人間比較は完全に可能であるとしておく。これがなくともどの配分ルールも定義可能であるのでこの記事においては特に気にする必要はない。

*2:上の条件を満たすx_N^*\in F(e)が一意に存在することは認めた上で、これがなぜMaximinで選ばれた配分と呼べるかについて確認しておく。具体的には他の配分x_N'\in F(e)\setminus \{x_N^*\}が存在してMaximinの基準においてx_N^*と同等以上に好ましいことはあり得ないことを確認する。

背理法で示すために仮に同等以上に望ましいと仮定する。(case 1)x_N^*において配分が0である個人が存在しないとする。その場合は全員が同じutilityになっているはずである(つまり全員が同着で一番低いutilityになっている)。すると、x_N'においては全員がそのutilityの水準以上のutilityになっていることが必要になるが、効用関数のstrictly increasingnessを考えると、x_N'においては各個人についてx_N^*においてと少なくとも同じだけのリソースを配分している必要がある。しかしリソースの総量を考えるとそのためにはx_N'x_N^*と同じ配分にならざると得ず、これは矛盾。

(case 2)x_N^*において配分が0である個人が存在するとする。この場合においてもリソースの総量から全員の配分が0であることはありえず配分が0でない個人も存在するはずである。配分が0でない人々については彼らのutilityは互いに等しくなっている必要がある。残りの人たち(配分が0の人たち)については彼らのutilityは互いに等しくなっている必要はないが、配分が0でない人たちのutility以上のutilityを全員が得ている必要はある。このとき、x_N^*における一番低いutilityが配分が0ではない人たちのutilityであることが分かるため、彼らはx_N'においてもx_N^*において以上の配分を受け取る必要がある。しかし、その場合リソースの総量から今回も同じようにx_N'x_N^*と同じ配分にならざると得ず、これは矛盾。よって示せた。

*3:これはちゃんと一意に定まる。