帰納法を用いたアローの不可能性定理の証明



このブログではこれまでアローの不可能性定理の証明を3パターン扱ってきましたが(例えば
Extremal Lemmaを使った証明はこちら:アローの不可能性定理の証明)、

 

帰納法を用いた証明は取り上げてきませんでした。ただ、やっぱり帰納法を使った証明も捨てがたいので(初めてアイディアを聞いたときにはその発想にすごく驚きました)、まとめてみることにしました。証明は鈴村先生のJER(2000)に従います。

 

なお、上にリンクを貼った記事ではアローの不可能性定理の主張についても丁寧に取り上げましたが、今回はそのあたりは簡単に取り上げる程度にします(アローの不可能性定理の証明を少なくとも1つは追ったことがあると想定した説明になっています)。またこのブログのこれまでの記事では\succeq_i\succ_i\sim_iなどの表記を用いてきましたが、今回はその代わりにそれぞれR_iP_iI_iを用いるなど、基本的には元論文の表記に従います。

 

アローの不可能性定理の主張

 

N=\{1,..,n\}を個人の集合(2\ ≤\ n\lt\  \infty)Xを選択肢全体からなる集合(3\ ≤\ |X|)とする。

 

R_iiさんのX上の選好とする(そのAsymmetric FactorSymmetric FactorをそれぞれP_iI_iとする)。それぞれの個人の選好を並べたa=(R_1,..,R_n)を選好プロファイルと呼び、選好プロファイル全体からなる集合をAで表す*1

 

X上の選好全体からなる集合を\mathcal{O}とする(選好という用語には完備性や推移性は課されているとします)。

 

Social Welfare Functionとは関数F:A\ \rightarrow\ \mathcal{O}のことである*2

 

また、Social Welfare Function Fと選好プロファイルaについてR^aF(a)を表す(F(a)という表記よりもR^aの方が「社会さんの選好」を表すものであることが分かりやすいこともあり、このような表記を採用します)。またP^aI^aR^aAsymmetric FactorSymmetric Factorを表す。

 

Social Welfare Function Fが、

 

·全会一致性を満たすとは、任意の選好プロファイルa=(R_1,...,R_n)\ \in Aと任意の選択肢x,y\in Xについて、\forall\ i\in N x\ P_i\ yならば、x\ P^a\ yが成り立つことである。 

 

·IIA(独立性)を満たすとは、任意のa=(R_1^a,...,R_n^a),b=(R_1^b,...,R_n^b)\in Aと任意のx,y\in Xについて、\forall i \in N x\ R_i^a\ y\ \Leftrightarrow\ x\ R_i^b\ y かつ y\ R_i^a\ x\ \Leftrightarrow\ y\ R_i^b\ x ならば x\ R^a\ y\ \Leftrightarrow\ x\ R^b\ yかつy\ R^a\ x\ \Leftrightarrow\ y\ R^b\ xが成り立つことである。

 

·非独裁制を満たすとは、Fにおける独裁者が存在しないことである。なおFにおいてi\in Nが独裁者であるとは、任意のa\in Aと任意のx,y \in Xについて、x\ P_i\ yならばx\ P^a\ yが成り立つことである。

 

アローの不可能性定理:

全会一致性、IIA、非独裁制の3つを同時に満たすSocial Welfare Functionは存在しない。



帰納法を使った証明のアイディア

 

さて、お待ちかねの今回の証明のアイディアです!

今回の証明のアイディアは、n+1人からなる社会において上の3つの条件(公理)を満たすSocial Welfare Functionが存在すると仮定したとき(実際には存在しないがそう仮定すると)、n人からなる社会においても3つの条件(公理)を満たすSocial Welfare Functionが存在する

と言えることです。

つまり例えば、N=\{1,2,3,4\}という社会において3つの条件を満たすSocial Choice Functionが存在すると仮定すると、N=\{1,2,3\}という社会においても3つの条件を満たすSocial Welfare Functionが存在することを示すことができます。

これを繰り返し用いると、今注目しているn人の社会において3つの条件を満たすものが存在するならば、2人の社会において(N=\{1,2\}3つの条件を満たすSocia Welfare Functionが存在することになります。

しかし、2人の社会において3つの条件を満たすSocial Welfare Functionが存在しないことは割と簡単に示せるので、これで証明が完了します。

 

 

今回の証明用に定式化を少しいじる

上でアローの不可能性定理の定式化を行いましたが、そこではnが外生的に与えられているなどして、今回の証明的には表記が微妙なところがあります。そこで、定式化を少しいじります。

 

Xを選択肢全体からなる集合(3\ ≤\ |X|)とする。2以上の自然数nについてI(n)1nさんからなる個人の集合を表す、つまりI(n)=\{1,..,n\}とする。

 

社会I(n)における選好プロファイル(R_1,...,R_n)全体からなる集合をA_nで表す。

 

社会I(n)におけるSocial Welfare Functionとは関数F^n:A_n\ \rightarrow\ \mathcal{O}のことである*3

 

アローの不可能性定理:

任意の2≤nについて、3つの条件を同時に満たすI(n)におけるSocial Welfare Function F^nは存在しない。

 

証明


3
つの補題を用いて証明します。最初の補題はアローの不可能性定理の他の証明においてよく知られたものであるため証明は省略します(またこの補題は今回の証明においては残りの補題を証明するのに使われるだけです)。また他の補題についてもすごく細かくは証明しません。

まずは補題23を証明するのにあると便利な次の補題から。簡単にいうと、全会一致性とIIAの下では、「局所的に独裁者っぽくなっている人」が実際に「独裁者」になることを主張します。

補題1(独裁者補題)

与えられた自然数2≤nについて、F^nが全会一致性とIIAを満たすとする。このとき、あるi\in I(n)、あるx,y\in X、あるa\in A_nが存在して、x\ P_i\ y かつ \forall j\neq i y\ P_j\ x かつ x\ P\ yならば、iF^nにおける独裁者である。

Proof:省略

次の補題が今回の証明のメインです。

補題2(人数削減補題)

与えられた自然数3≤nについて、3条件を同時に満たすF^nが存在するとする。このとき、3条件を同時に満たすF^{n-1}も存在する。

Proof:

3つの条件を満たすF^{n}が与えられたときに、

F^{n-1}を次のように構築する。

例えばn=4のケースではF^3を構築したいわけだが、左図のような選好プロファイルa\in A_3については(X=\{x,y,z\})、F^3F^4が右図の選好プロファイルについて割り当てている選好を割り当てることにする(なお、図において本来はP_1^aのように書くべきところを省略してP_1のように書いている)。



つまり、数式で書くと、F^{n-1}は任意の選好プロファイルa\in A_{n-1}についてF^{n-1}(a)=F^n(a,R^*)と定義される。ここでR^*は全部が無差別な選好(つまりR^*=X\  \times\ X)。

F^nからF^{n-1}を構築しようと考えた場合の1つの自然なやり方になっているかなと思います(技巧的な作り方というよりは自然に作っている印象を受けます)。

このようにして構築したF^{n-1}について、F^{n-1}は3つの条件を満たすことになります。それらを1つずつ示していけばこの補題は証明されます。今回は、F^{n-1}IIAを満たすことと全会一致性を満たすことのみ示します。

·IIAについて。下図の青色の選好プロファイルa,b\in A_{n-1}を考える(本来は任意に考えないといけないが今回はロジックを分かりやすく図で示したいため具体的な1つのケースを考える)。このとき選択肢x,yについてIIAを使用する条件が揃っている(各個人についてx,yの比較がa,bの両方で同じ)。



両方の青枠についてF^{n-1}が割り当てる選好がx,yについて同じであればIIAは満たされるわけであるが、F^{n-1}がどのようにF^nから構築されたかを思い出すと、F^nが図の2つの黒枠の選好プロファイルに割り当てる選好において(つまりF^n(a,R^*)F^n(b,R^*)において)x,yの比較が同じになっているといえればよい。そしてこれはF^nIIAを満たしていることがから示せる。

·全会一致性について。背理法で示すために、F^{n-1}が全会一致性を満たさないとする。このときある選好プロファイルa\in A_{n-1}とある選択肢x,y\in Xが存在して、\forall i\in I(n-1) x\ R_i\ yであるが、y\ R^a\ xが成り立つ。

ここで任意の選択肢z\in X\setminus \{x,y\}を取ってきて、\forall\ i\in I(n-1) x\ P_i^b\ z\ P_i^b\ yかつ、z\ P_n^b\ x\ I_n^b\ yであるような選好プロファイルb\in A_nを考える(ここは常套手段。xzの比較についてnさんだけz\ P_n\ xになっていることに注意→補題1を使えそう)。

F^n(a,R^*)に割り当てる選好においてy\ R^(a,R^*) \ xであるため(F^{n-1}の定義より)、独立性よりy\  R^b\ xが成り立つ。またF^nの全会一致性よりz\ P^b\ yが成り立つ。したがって推移性よりz\ P^b\ xとなるが、補題1よりnさんが独裁者となり矛盾。よってF^{n-1}は全会一致性を満たす。

Q.E.D.

ちょっと長かかったですが、人数削減補題を示すことができました。最後に次の補題を証明します。

補題32人社会補題)

3つの条件を同時に満たすF^2は存在しない。

Proof:

背理法で示すために、3つの条件を同時に満たすF^2が存在するとする。このとき任意の選択肢x,y \in X(ただしx\ \neq\ y)を取ってきて、x\ P_1^a \ yかつy\ P_2^a\ xであるような選好プロファイルa=(R_1,R_2)\in A_2を考える*4R^aの完備性より、x\ P^a\ yまたはy\ R^a\ xが成り立つ。

前者であれば1さんが局所的に独裁者っぽくなっているため補題1より1さんが独裁者となりF^2の非独裁制に矛盾する。後者の場合(y\ R^a\ x)には同じロジックは使えないが(P^aではないため)、第3の選択肢zを取ってきて上手いこと選好プロファイルを考えてあげると補題1を用いてこちらも矛盾を示せる

Q.E.D.

補題2と補題3からアローの不可能性定理が示されます(補題2について「ならば」を使った形にした上で対偶を取るとより分かりやすいかもしれない)。以上が帰納法を用いたアローの不可能性定理の証明です。

Fin.*5

*1:選好プロファイル全体からなる集合をAで表すことにするのは割と珍しい表記かなと思います。上のリンクの記事との対応でいうとA=\mathcal{E}^nになっています。

*2:Unristricted Domainについてはこの時点で課していることに注意。

*3:全会一致性などの各条件はF^nについて定義される。

*4:このような選好プロファイルはいくつか考えることができる

*5:参考文献:Suzumura, K. (2000). Presidential Address: Welfare Economics Beyond Welfarist‐Consequentialism. The Japanese Economic Review, 51(1), 1-32.