nonwelfare informationを明示的に扱う枠組み。



*この記事は社会的選択理論の知識を前提にします。特に、規範的な議論の2つの枠組みを事前に読んでいると分かりやすいと思います。

 

この記事ではBBD(2004, Chap3)に従って、規範的な問題について考えるためのある枠組みを紹介します。今回紹介する枠組みは社会を構成する個人の集合が固定されているという意味では限定的ですが、nonwelfare informationも明示的に扱う点では一般的な枠組みより広いです。

以下では社会を構成する個人の集合はN=\{1,..,n\}で固定されているとします。また、選択肢の集合をX(ただし|X|≥3)で表します。

 

モチベーション

 

自由はそれ自体で(社会にとって)価値があるだろうか?

 

この問いに対して、「自由に価値があるのは自由な社会の方が人々の幸せが高いからであって、それ自体に価値があるわけではない」という立場も「仮に人々の幸せの度合いが変わらなくても、高い自由にはそれ自体で価値がある」という立場もあるだろう。

 

良い自然環境はそれ自体で(社会にとって)価値があるだろうか?

 

この問いについても「自然環境に価値があるのは環境が保全されている社会の方が人々が幸せだからであって、それ自体に価値があるわけではない」という立場もあれば、良い自然環境それ自体に社会としての価値を見出すべきとする立場もあるだろう。

同じように、

それぞれの個人の健康はそれ自体で社会にとって価値があるだろうか?

という問いについても、それ自体では価値がないという立場もそうではない立場もあるだろう。

これらの問いに対して、「自由」も「自然環境」も「個人の健康」もそれ自体では価値はなく、「社会を構成する個人の幸せの度合い」に影響を与える場合のみ重要になってくるという立場を取ってしまえば、「社会的にとってどの選択肢が望ましいか」について議論する際にはアローの枠組みを拡張した次の枠組みなどを考えれば良くなる。

U_i:X\rightarrow \mathbb{R}iさんの効用関数として、(U_1,..,U_n)を効用関数プロファイルと呼ぶ。効用関数プロファイル全体からなる集合を\mathcal{U}X上のOrdering全体からなる集合を\mathcal{O}とした上で、社会的評価関数F:\mathcal{D}\rightarrow \mathcal{O}について考える(ここで\mathcal{D}\mathcal{U}の非空部分集合)。

つまり、この枠組みでは各効用関数プロファイルについて、どのようなSocai Ordering(社会にとっての望ましさでXの各要素をランク付けしたもの)を用いるべきかを指定する関数について考えている。この枠組みはよく用いられるが「環境」などの情報を明示的に扱うことはできない。

しかし、「自由」「環境」「健康」などにはそれ自体で価値はなく「社会にとってどの選択肢が望ましいかを判断する上では人々の幸福だけが重要だ」と断言してしまうのは、やはりそれなりに強い立場ではありそうだ。

というわけで、人々の幸せの情報だけではなく、「自由」「環境」「健康」などの情報も明示的に扱う枠組みも考えてみたくなる。これが今回のモチベーション。


どんな枠組み?


今回紹介する枠組みは先ほどの枠組みの自然な拡張である。

先ほどと同じように\mathcal{U}\mathcal{O}を定義した上で、iさんの「nonwelfare information関数」をK_i:X\rightarrow S_iと定義する。ここでS_iは非空集合でiさんの幸福以外の側面(で規範的判断に関わるもの)のあり得るステータス全体からなる集合とする。例えば健康について扱うならS_i=\{g,b\}gはgood、bはbad)など。

効用関数U_iXの各要素xについてその選択肢におけるiさんの幸福の水準U_i(x)を指定するが、K_iは各要素xについてその選択肢におけるiさんの幸福以外の状況K_i(x)を指定する。

加えてK_0:X\rightarrow S_0も考え、これはXの各要素について社会の(幸福以外の)状況を指定するものである。例えばS_0=\mathbb{R}として環境の保全度合いと解釈する場合には、K_0は各選択肢xについてその選択肢における(or その選択肢を取ったときの)環境保全の度合いを指定する。

(K_0,K_1,…,K_n)をnonwelfare informationプロファイル(非厚生情報プロファイル)と呼び、それ全体からなる集合を\mathcal{K}で表す。

このようにしてU_i(や\mathcal{U})に対応するようなものを準備してあげた上で、今回は社会的評価関数F:\mathcal{D}\rightarrow \mathcal{O}について考えることにする(ここで\mathcal{D}\mathcal{U}\times \mathcal{K}の非空部分集合)。

これが新しい枠組み。厚生以外の情報も明示的に使いたいのだからDomainを\mathcal{U}から\mathcal{U}\times \mathcal{K}にしてあげたわけである。

U_iに対応するようにS_iなどの概念も作っており個人的にはすごく上手く構築された枠組みに感じます。なお、環境保全の度合いだけがnonwelfare informationとして重要である場合などでは(そのような立場の場合には)、今回の枠組みを少し落としてU_iたちに追加でS_0だけを考えてS_iは考えないことにする枠組みを採用しても良いし、各K_ii\in N)の要素を1つに固定してしまうなどでも対応できる。この辺は適宜いいかんじにやれば良さそう。

「自由」とか「環境」とか「健康」とかをそれ自体で価値があるものとして明示的に扱える枠組みを一度見ておくことは、普段はそうでない枠組みで議論するにしても大事なことだと思ったので紹介してみました。

ちなみに今回は固定しておいたNについても可変にしようと思ったら、枠組みはもっと複雑になるけど、それはまた別の機会に.....。

Fin.

参考文献:Blackorby, C., Bossert, W., & Donaldson, D. J. (2005). Population issues in social choice theory, welfare economics, and ethics (No. 39). Cambridge University Press.