「環境(家庭環境など)が良かったため、努力は少ないけどある程度の課税前の収入がある人」と「環境(家庭環境など)は悪かったが、努力が多いことで同じだけの課税前の収入がある人」がいた場合、この2人に対する所得税は同一であるのが公平だろうか?
家庭環境のような「本人にはどうしようもない特徴」と、努力のような「本人の責任と考えられる特徴」によってその人の収入が決まるようなモデルにおいて、どのような再配分の仕組みが望ましいかを考えたBossert and Fleurbaey(SCW,1996)を紹介します。ただし今回の議論においては、「努力は本当に個人の責任か」のような問題は扱われず、「本人にはどうしようもない特徴」と「本人の責任である特徴」が外生的に与えられることになります。
【モデル】
まずは、今回の主役である「再配分メカニズム」を定義するための準備をする。
が社会を構成する人の集合(有限集合で)。これは固定されている。
「本人の責任と考えられる特徴」は個あるとして、でさんの「本人の責任と考えられる特徴」をまとめたベクトルを表す(EffortのイメージでEを採用したのだと思う)。
「本人にはどうしようもない特徴」は個あるとして、でさんの「本人にはどうしようもない特徴」をまとめたベクトルを表す。
とする(さんの特徴ベクトル)。また、は特徴プロファイルと呼ばれ、各個人の特徴ベクトルを並べたものである。
あり得る特徴ベクトルの全体からなる集合をで表す。
個人の収入はその人の特徴ベクトルによって決まる。収入関数とは関数 のことであり、さんの特徴ベクトルがであるとき、さんの課税前の収入は となる(課税前の収入について個人間の相互依存関係はない)。
再配分メカニズムとは、関数 such that のことである。
再配分メカニズムは、特徴プロファイルが与えられたときに(このときにより課税前の収入プロファイルは定まり、その総量は)、そのプロファイルにおいて適切であると考えられる課税後の所得をそれぞれの個人に割り当てる。の定義域を見ると分かるように、「2人の個人について課税前の収入は同じだけど最終的な収入は異なる」ということを許容している。これは今回のモチベーションを考えると自然。
また、望ましい再配分メカニズムを考えていくにあたって、匿名性を満たす再配分メカニズムのみに注目する。ここで再配分メカニズムが匿名性を満たすとは、任意のと任意のについて、が成り立つことである。特徴ベクトルが一致していたら両者の扱いを同じにするように要請している。
最後に、とという参照すべきであるベクトル(reference vector)が外生的に与えられているとする。reference vecotorとして何を取ってきていても以下の議論は成り立ち、具体的にどのベクトルをreference vectorとするかはこの論文の議論の範囲外。*1
【2つの原則】
望ましい再配分メカニズムについて考えるために、公理を見ていく。A1,A2,A0、B1,B2,B0の順番で6つの公理を紹介する(再配分メカニズムに満たして欲しい2つの精神=原則があり、どちらの精神に基づいた公理であるかによってAとBに分かれる)。
----Principle of compensation系の公理
A1(Equal income for equal E)
これはE(本人の責任であると考えられる特徴)が一致する2人に割り当てられる収入はS(本人にはどうしようもない特徴)に関係なく同じであるべきという要請である。最終的な嬉しさ(今回で言えば収入)にSは効いてこないでねということである。A1に代表されるような公理は、「Principle of Compensation(補償の原則)」と呼ばれる「本人にはどうしようもない特徴によって最終的な嬉しさに違いが出るべきではない」という精神に基づいている。
A2(Equal income for reference E)
この公理は全員のEが外生的に与えられたの水準であるときには全員の収入が同じになることを要請しており、A1を弱めた公理である(A1はどのプロファイルにおいても同じ努力の2人がいたらその人たちの収入は同じにしてねということであり、それの1段階目の弱め方として、どのプロファイルにおいても全員の努力が同じだったら全員の収入は同じにしてねという公理が考えられる。そして、それをさらに弱めたものとして今回の公理である、どのプロファイルにおいても全員の努力がreferenceとして与えられている努力で同じだったら全員の収入は同じにしてねという要請を考えられる)。
逆にA1を強めた公理として次が考えられる(ただし、A1を強めたものになっていることは自明ではないが一旦そこは認めておく)。
A0(Group solidarity in S)
solidarityは連帯という意味である。2つのプロファイルを考えたときにさん以外の人の特徴はすべて同じでさんのSに関する特徴のみが異なる場合、さんのSの変化(環境の変化)による全体の収入の変化はkさんのものでも誰のものでもなく全員のものと考えるのが妥当であるということで、とを見比べてたときに全員で同じだけSの変化を分け合うことを要請している。
ここまで見てきたように、「Principle of Compensation」と呼ばれる「本人にはどうしようもない特徴に由来する最終的な嬉しさの不平等は解消されるべきである」という精神に基づいた公理はA0,A1,A2の3つであり、論理的な関係としてはA0A1A2となっている。次にB1,B2,B0について見ていく。
----Principle of natural reward系の公理
B1(Equal transfer for equal S)
さんとさんのSが同じであれば、(さんが受ける再配分の額)と(さんが受ける再配分の額)同じになることを要請している。受けられる再配分にはSのみが効いてきてねということである(今回の議論における言葉づかいとして「再配分メカニズム」の値はあくまで「最終的な収入」をであり「受けられる再配分」を表してはいないことに注意)。B1に代表されるような公理は、「Principle of natural reward(自然な報酬の原則)」と呼ばれ「本人の責任である特徴によって再分配に違いがでるべきではない」という精神に基づいている。
B2(Equal transfer for reference S)
これは先ほどと同じ要領で次はB1を弱くしている(なお、についてはとした方がB1との対応は分かりやすいかもしれない。また、B1からB2が導かれるのはA1からA2が導かれるのよりは少し考える必要がある)。
B0(Individual monotonicity in R)
これは2つのプロファイルを比べたときに、さんのEだけが違う場合には他の人たちの収入は同じになっていてね(変化するのはさんだけであってね)ということである。さんの努力による全体の収入の増加はさんだけに与えられることになる。
「Principle of natral reward」と呼ばれる精神に基づく公理はB0,B1,B2の3つであり、論理的な関係としてはB0B1B2となっている。
----状況の整理
公理について整理すると、再配分メカニズムを考える際に考慮したい原則として、「本人にはどうしようもない特徴によって最終的な嬉しさに違いが出るべきではない」という原則である「Principle of compensation」と「本人の責任である特徴によって受けられる再配分に違いが出るべきではない」という原則である「Principle of natural reward」があり、
それぞれの原則についてそれを表す公理が3つずつある。
この両方の原則が大事そうなのでできれば両方の公理を満たす再配分メカニズムを探したいのだが、例えばA0とB0を同時に満たすメカニズムは存在しない(ただし、収入関数がadditively separableであるという特殊な場合には存在するので正確には"一般には存在しない")。*2
では、それぞれの原則について公理をどこまで弱めたら、それらを同時に満たす再配分メカニズムが存在するか、またそれは具体的にどのような配分ルールになるのかについてこれから見ていく(結果だけ紹介)。
【再配分ルールの特徴づけ】
いまからとという2つの再配分メカニズムを定式化する*3。
そして、A0とB2によってが特徴づけられ、A2とB0によってが特徴づけられることになる。つまりA0とB2を課すのであれば(compensationが強めでnatural rewardは弱めにするのであれば)再配分ルールはに限られ、A2とB0を課すのであれば(compensationが弱めでnatural rewardは強めにするのであれば)再配分ルールはに限られることが分かる。
---1つ目の結果
A0とB2について再掲した上でを定義する。
A0(Group solidarity in S)
B2(Equal transfer for reference S)
配分ルールは、
と定義される()。
自分の環境がであるとしたときに自分の努力によって得られた収入をそのまま収入として得るが(第一項)、それだとFはfeasibleにならないので(再配分メカニズムの定義を満たさないので)全員について共通のtransferの項をつけて調整している。
つまり、「環境についてはみんなであるような仮想的な状況を考えて収入はそのまま」というのが大枠で、そこに調整の項が入っている(共通のtransferがある)と個人的には理解した。「最終的な収入についてSが効いてこないこと」が重要であるため、第一項(メインになっている項)において「環境は全員同じ」と仮想的にしていると考えると分かりやすいと思う。
そして、このがA0とB2によって特徴づけられる。
Theorem1:
再配分メカニズム(ただしこれは匿名性を満たすものを想定している)について、A0とB2を満たすこととであることは同値である。
---2つ目の結果
A2とB0について再掲した上でを定義する。
A2(Equal income for reference E)
B0(Individual monotonicity in R)
配分ルールは、
と定義される()。
reference vectorであるよりもさんが高い努力をした(低い場合もある)ことによる収入の増分がさんの収入になる(第1項と第2項)。そしてあとはfeasibleになるための調整の項が入っている。
「再配分(についてSのみが効いてくる(Eが効いてこない)こと」が重要であるため、メインとなる第一項と第二項をこうしていると考えるとわかりやすいと思う。
そして、このがA2とB0によって特徴づけられる。
Theorem2:
再配分メカニズム(ただしこれは匿名性を満たすものを想定している)について、A2とB0を満たすこととであることは同値である。
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以上がBossert and Fleurbaey(SCW,1996)の紹介です。かなり簡略化した上で説明の順番を変えているので、興味がある場合にはぜひ元論文もご参照ください(元論文は読みやすいです)。
Fin.
→証明に関する補足と、この論文を発表したときに指導教員から貰ったコメントなどをまとめた記事はこちら(Bossert&Fleurbaey(1996)の紹介記事の補足。)
参考文献:Bossert, W., & Fleurbaey, M. (1996). Redistribution and compensation. Social Choice and Welfare, 13(3), 343-355.
*1:今回は「外生的に特別な意味を持つベクトルが与えられているんだ」と深く考えずに思っておく。Handbook of SCWに載っているMarc Fleurbaeyさんたちの「Compensation and Responsibility」chapter2における定式化を見るとよりここでやっていることの妥当性が分かりやすいと思う(proposition3など)。
*2:additively separableであるとは社会的環境と努力について相互関係のようなものがないときで、このようなときには努力の影響についてはいじらずに社会的環境の影響についてはいじるということができるので難しさはない。
*3:EEはEgalitarian-Equivalence、CEはConditionally egalitarian。